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Posts Tagged ‘喧嘩相手’


05月07日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 7th, 2018  Posted 12:00 AM

05月07日 赤口(己亥)

自分の好きな部分、
嫌いな部分は、
本人であるからこそ一番よく知っている。

自分は喧嘩師であるべきだ。
その喧嘩相手とは自分自身のことなのだ。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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05月06日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 6th, 2018  Posted 12:00 AM

05月06日 大安(戊戌)

僕はよく、
プレゼンテーションは「闘い」だと口にする。

その意図しているところは、
「プレゼンテーションをするにあたり、
まずは自分と闘うべきである」
ということである。

ともかく、喧嘩相手は自分自身なのだ。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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09月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 29th, 2017  Posted 12:00 AM

09月29日 大安(己未)

社会的な暴力を今は、
テロと呼びます。

戦争とテロの世界、
私はいづれもこの裏付けにある宗教、
宗教性の暴力こそ
最も許されない、私の「喧嘩相手」です。

川崎和男「喧嘩道」


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『持ち歩いてるペンたちが語っている文房四宝』


   


     5月 18th, 2015  Posted 12:18 AM

おそらく、私が持ち歩いているペン、
ボールペン・万年筆・スタイラス、これらが最も進化のシンボル。
私自身、文房四宝=ぶんぼうしほうや文房四友という言葉も、
すでに忘れられていますが、硯・墨・紙・筆は、
友のごとく知性のための道具でありそれこそ知的生産の術でした。
この二つのボールペンにここまで進化してきたスタイラスは、
常に私とともにあります。しかも万年筆やボールペンについては
デザイナーとしても最大限の知見を持っていたいと考えてきました。
すでに、
かつての筆には墨も硯も無く、紙はデジタル紙=Padです。
私にとっての文房四宝は自分の頭脳的な能力を表現する道具ですが、
人はこの進化に多分自分の生涯を委ねて生きてきていることです。
だから、私は無意識なままのペン一つには、
とても耐えられない性分ですから、それこそファッションとしての
ペンからそれこそ現代のパソコン、スマホにまで私は気がかりです。
かつてある企業トップと食事をしていたときに、
そのトップの部下が取り出したボールペンを見て、
腕時計を見せなさい、靴を見せなさいという現場に立ち会いました。
そして、ケータイを変える、腕時計を変える、靴を変えると、
そんな命令場面を見ました。
またある企業トップは私の持ち物をチェックされたこともあります。
なぜ、中国の古典には文房四宝の中でも、硯と紙については
徹底した古典が今も現存しています。
焚書坑儒=政権がその権力を保全するために書籍を焼いて無くした
そんな時代をもこうした古典だけは政権とは無関係に残りました。
結局、知性を表現する道具論はいつの時代も重要だということです。
しかし、この文房四宝などどうでもいいという知的職能家は
すべからく私の喧嘩相手だということは間違いありません。
現代の文房四宝には、まったく新たなデジタルが入っています。


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3月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 30th, 2015  Posted 12:00 AM

3月30日 乙巳(赤口)

喧嘩相手とはライバルである。
ライバルには絶対に「勝つ」ことだ。

そのためには、
喧嘩相手には
ジェラシーを持つことではない。
ジェラシーを感じた時点で、
喧嘩相手には
完全に「負けている」ことになる。

川崎和男「喧嘩道」


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3月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 29th, 2015  Posted 12:00 AM

3月29日 甲辰(大安)

喧嘩をする基本は
「知性」を充実させることである。

喧嘩をするために
武力を鍛えることでは全く無い。

なぜなら、喧嘩に勝ち続ける力量は
充実した知性を鍛えて
自分に克つことである。

川崎和男「喧嘩道」


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3月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM

3月23日 戊戌(大安)

喧嘩には敵も味方もいない、
敵が喧嘩相手ではないし
味方が支援してくれるわけではない。

喧嘩相手は、自分自身である。
自分にまず克って、
それから
敵を見定めて、
絶対に「勝つ」ことだ!

味方が、
自分自身だと自覚できればいい。
その自覚とは覚悟でしかない。

川崎和男「喧嘩道」


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1月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 30th, 2015  Posted 12:00 AM

1月30日 丙午(仏滅)

情報というのは、
原義で「情勢報告」の略語である、
というのは、すでに明確な原典もある。

したがって、
「情に報いる」というのは大間違い。
だから、これを確信している者は
私の喧嘩相手である。

川崎和男「喧嘩道」


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1月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 28th, 2015  Posted 12:00 AM

1月28日 甲辰(友引)

私はすでに40余年、
デザイナーとして生きてきた。
デザインということについて、
論理と技能を
身体化するする能力100%、
その100%実現することを
邪魔する輩は、
必ず、喧嘩相手に決めてきた。

川崎和男「喧嘩道」


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1月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM

1月23日 己亥(先負)

「○○風」とは本物素材ではない。
そんなモノが流行になったりする。
私は偽物づくりを認めている。
それは
「これは偽物」だと自らが露出すること。
本物風を
偽物ではないと言ったら、
喧嘩相手である。

川崎和男「喧嘩道」


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