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Posts Tagged ‘現代国語’


『いけばな、日常の美しさは大切さを決定している』


   


     3月 24th, 2015  Posted 12:00 AM

私は彼のいけばなの舞台を間近で見ています。
その日の感激と感動はぬぐいようもなく、私に張り付いてきました。
「花」には美しさがある。美しい「花」というものはない。
この言葉は、小林秀雄のことばですが、
小林秀雄は、
私が受験時代に最も現代国語の問題で引用された作家でした。
とのこともあってか、彼の著作は確かに沢山読んだ記憶があります。
しかし、それよりもデザイナーになって、
「花」と「美しさ」の対照化は自然・人工物と美の問題に直結し、
このことにとらわれてきましたが、彼のいけばなは、
生け花、活け花、いづれとも明確な違いが体感できることでした。
早速、彼のいけばな画集で何度もその確かめました。
ところが、彼自身も、3.11 東日本大震災と対峙して、
彼の「一日一花」は一年毎日のいけばなで、
私もまた、震災と人災で台無しにしてしまった事件と向き合い、
そして、また彼のいけばなによって、
美しい花というようなものではなく、花を美しくする文字通りの
自然の花茎から生花を切り離しながらも、
花を生ける、花を活かす、切ることの大事さこそ、
私は見事な「大切さ」の具体パフォーマンスだと認識しました。
特に、彼が毎日毎日、花の美しさをもう一度、
美しい花にする大切さの体現化は、毎日毎に知らし直されています。
彼と私は同世代だということもありますが、
「大切さ」は、美しい花があるからこそ、花の美しさを体現化する、
その手法には、日本人だからこそ見いだした手法だと思います。
私はデザイナーゆえ、人工物のモノ、
美しいモノを、モノの美しさすら本来皆無ゆえにこそ、
美しいモノをものにしていかなければなりません。
その極致が、「大切さ」を受け止める力が自分にあるかどうかです。
一日一花ならば、一日一スケッチが今、私の日常作法です。

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「連載結果の出版は『ことばの相対論』」


   


     3月 2nd, 2013  Posted 12:00 AM

本日、大阪大学会館にて「最終講義」をします。
講義内容は、すべて「ことば」になります。
本来の仕事は、
デザイナーゆえに「かたち」で問題解決をめざしてきました。
もはや無くなった「MacPower」誌には、
17年間連載をさせてもらっていました。
その連載を中学性時代に出逢って、
デザイナーという職能を選んだ人までいるのです。
連載は、当時は副編集長、
やがてアスキー社の常務にまでなったT氏の薦めでした。
2年半で、連載は単行本として書店に並ぶようになりました。
しかし、
連載はほとんどその当時のパソコン、それもApple社ばかりでした。
したがって、内容はエッセイ的なものにかかわらず、
アスキー社ゆえに、
書店では常にパソコン誌の傍らにひっそりと置かれました。
エッセイ群に入っていればそれなりに売れた自信がありますが、
パソコン誌群の片隅ではなかなか売れなかったのですが、
それでも4版にまでなったモノもあれば、
これは難解さを求めたから売れないと思っていたモノが
長期にわたって3版にまでなったりしました。
「かたち」にこだわる職能として、
「ことば」を求め続けていました。
表紙にもこだわり、
初期のモノは活版印刷・布貼り・銀箔文字型押しもあります。
モノの「かたち」にもこだわりました。
文章は、大学入試の現代国語の試験問題に選ばれた所もあり、
実際には大学入試問題になった文章もあり難しいと思った経験があります。
結局は、パソコンとデザインにこだわったことば=文章でした。
伝えたいことを徹底して日本語を調べたので日本語は中学時代以来、
日本語の語彙が増加した経験が残っています。
だから、この6冊は15年間にわたっての連載を単行本にできました。
少なからず、私のささやかな宝物になったのかもしれません。
時には、私のこの著作を抱いて、講演会でサインを求められます。
とても嬉しいことです。
できるかぎり毛筆で名前を書きます。
そして「恵存」とまとめます。
「恵存」ということばは、哲学者の中村雄二郎先生に教わりました。
「恵存」というのは、
「どうかいつまでも大事にしてほしい」という意味です。
「ことば」と「かたち」、
この相対論は常に身につけておきたいと思っています。


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