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『2018年での平成最終の「忘年会」』


   


     12月 30th, 2018  Posted 12:00 AM

毎年恒例の「忘年会」。
ワイフ(左)と私(右)。
簔豊氏・金沢21現代美術館名誉館長であり、現在は兵庫県美術館長。
ハーバード大の美学博士。元は金沢市助役。
阪大の外科学第一部長であり、
今ででの細胞の薬事法に認められた心臓外科医、
iPSでの循環器での進化目覚ましい、医学博士。
いとこである東大からの最初の宇宙工学者で、
宇宙開発事業団からJACX出身、宇宙軍にもかかわる、工学博士。
阪大のアンドロイドロボットの石黒特別教授、工学博士。
日本科学館でのキュレーターである内田まほろさん。
血小板より世界最小のマイクロナノロボットの東大の生田教授、工学博士。
私はデザインディレクターで医学博士。
いとこと私は古希・70歳。


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「DESIGN TOKYO 三年目の成果が見えてきた」


   


     7月 8th, 2012  Posted 12:00 AM

日本が「ホスト国」であり続けること。
これは私が、日本の貿易立国・見本市コンベンションの最大目標です。
「製品デザイン」の中心国であることを意図して、
「DESIGN TOKYO」展を創って三年目になります。
この展示会は、二つの領域で構成しています。
まず、この展示会に出品できるかどうかは、
「審査会」を設けています。
今年はMoMAのアシスタント・キュレーターも入っています。
同時に様々な領域展も開催しているので、
日常生活のあらゆる商品・モノが見れることと商談が可能です。
アジアはもちろんアフリカ・欧米からバイヤーも増えてきました。
特に、「DESIGN TOKYO」はデザイン中心主義を高めると同時に、
次世代デザイナーの発表の場があります。
これは、私の強い狙いがあります。
海外で発表すると大変な出費になります。
そして発表成果はほとんど無いと言ってもいいでしょう。
しかし、この場なら、バイヤーと直接デザイナーから売り込みが可能です。
欧州の有名な次世代デザイナーや企業がショーアップしている展示会は、
高額な出品料を取られて、投資効果はゼロです。
韓国の次世代デザイナーはほとんど出品しなくなりました。
「DESIGN TOKYO」であれば、MADE IN JAPANが明らかです。
今年は台湾政府から
台湾デザインセンターが選別したモノが持ち込まれました。(写真右上)
ふるさと福井からは毎年、
Hacoaが審査通過して発表しています。(写真中央下)
ワイフが座って確認しているのは、
デザイナー提案の「椅子」であり、
毎年発表の場にしていただいてます。(写真右下)
来年は、出品意図を明解にしてもらうためにどうすべきか、
次世代デザイナーには、新たな産業を紹介し、
このような領域という「テーマ」そのものを提案します。


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「芸術という技法が引用したことから」


   


     3月 3rd, 2012  Posted 12:00 AM

アーティスト・角永和夫氏は、芸術という技法で、
私たちに突きつけてきた事実でした。
芸術技法がその事実を訴求していることです。
私のまなざしの評価軸=物差しは、
宮川淳から学んだことで咀嚼してきました。
だから「引用」ということばでまとめると、
この芸術は「自然と人間の関係」を
蚕という「家畜の存在」を引用していることです。
蚕が、今ではすっかり遺伝子操作された繭として
身体を包むのではなくて平面繭を吐き続けます。
そして、その役割を終えた命を自然界に戻すことはすでに限界、
役目終了の命は産業廃棄物だという事実。
繭は絹という人間にとって
素晴らしい美の素材を与えてくれますが、
蚕を家畜とする人間・対・自然は、
果たして人間が自然への対決を目指した成果でしょうか、
それとも自然界を見事に利用した調和でしょうか。
どちらなのかと言い切る事はすでにアポリアになりました。
私は、たかが蚕という虫に過ぎないからとか、
人間の文明=飢えと寒さから絹織物で身体を護ること、
その意味性を問い直します。
蚕を引用し再度検証し直さねばなりません。
芸術という技法は、
人間と自然の関係に「蚕と繭」を引用して見せた作品です。
私はこうした「引用」を差し出すアーティストを敬愛します。
だからこそ、芸術家の問題意識を
デザインは真正面からその問題解決に向かう姿勢が必要です。
まさしく、モホリ=ナジが
「デザインとは社会に対する姿勢」と言い残したことに通底します。
私は「繭と原子力」をこの引用から引き出すことさえ可能と考えます。
彼のこの芸術的営為は、米国を拠点としていることもあって、
自然保護団体からバッシングされていると
美術館のキュレーターの方々から聞きました。
私はこの作品制作の全過程をDVD出版してほしいと伝えました。
金沢21世紀美術館からは記録DVD15分をいただき、何度も見ました。
したがって、
このブログでの写真はすべて作家と美術館から拝借したものです。
今日は「ひな祭り」です。
女の子の成長を絹織物の着物を纏って祝います。
自然からの文明を創出した繭から絹素材が身体を護ります。
「ひな祭り」は文明から引用し昇華された文化という制度です。

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「卒業後40年、そして63歳誕生日」


   


     2月 28th, 2012  Posted 12:00 AM

金沢美大卒業後40年。
卒業40周年記念同窓会は50周年への前夜祭として開催。
同窓会は当初は「工業デザイン専攻」だけでということが、
産業美術学科全体でと拡大しました。
おそらく街で出会ってもわからないと思える変貌がいっぱい、
40年ぶりに出会う同期生もいました。
二次会ともなればすっかり学生気分でした。
恩師の先生方とも退任後には出会っていなかった先生も多く、
何度も何度も握手をしました。
翌日は私の誕生日でした。
幸運にも母校の卒業制作展が金沢21世紀美術館でした。
「君たちの40年先輩だよ」と言って級友とともに、
思い切り先輩風を吹かせに出かけました。
私は大学人でもあり、後輩たちには私が車椅子だから、
工業デザイン=今はプロダクトデザインですが、
知られていましたから、結構みんなビビッていました。
作品の解説を丁寧に受けながら、
結局は担当教員の個性が反映していました。
海外の大学事情もよく知ることや、
就職状況の今年の企業入社条件傾向も知るだけに、
級友たちよりはデザイン教育成果と、
彼らがこれからプロとして、
さらに母校の将来性へのカリキュラム展開までを
見通して観覧することができました。
また金沢21世紀美術館も久しぶりゆえに、
キュレーターの方々とも顔なじみだから、
すべての展覧会を案内していただきました。
後輩の作品や企画展での
とてつもない感動を書き残していきたいと考えています。
63歳の誕生日は、
美大卒業40周年という人生における大きなイベントになりました。
ホテルでも商店街でもタクシーに乗っても、
金沢美大を卒業したと言うだけで、
「お帰りなさい」と言われているほど大歓迎されるのです。
金沢の街にはそれほど美大生を大事にしていただける
素晴らしい所だと再確認しました。

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