6月 28th, 2012 Posted 12:00 AM
スカイツリーが出来上がったとか。
建設中をヘリコプターで近接して2回も見物。
やっぱり早く登って見てみたいと思っています。
東京タワーも、車椅子になった直後に登っただけですが・・・
さて、634mというのは素晴らしい技術です。
しかし、エレベーターは全くダメでしょう。
なぜなら風速30mだと危険な乗物では技術革新が必要です。
3.11によって、私は現代工業技術で再発明すべきモノは、
二つあると主張しています。
エレベーターと車です。
この二枚の写真は私のマンションエレベーターです。
大型1基と小型3基があります。
無論、地震や火災ではエレベーターは停止します。
とするなら、最上階32階自宅の私は逃げることは不可能です。
だから、火災や地震の時に、エレベーターに逃げ込めば安全、
75時間はすごせるエレベーター機器デザインが望まれます。
エレベーターがシェルターカプセルに再発明されるべきです。
ワイフには、地震や火災の時、
自分を置いて逃げればいいよ、と言ってありますが、
デザイナーとしては、
革新的なエレベーターデザインを、ともかく提案しています。
国家的なレベルで、制度設計にまで高度化させた
エレベーター開発に取り組むべきです。
そのためには、
エレベーターのカゴがワイヤーぶら下がり型から、
絶対に開放される問題解決をテーマにすべきです。
強風だと使えないエレベーターを「時代遅れ」にすべきです。
車も、津波に流されようが、竜巻が来ようが、
車内に居れば絶対に安心安全がテーマだと思っています。
デザイナーは、エレベーターと車は、
大きな問題を発見しました。
なんとしても問題解決をしたいものです。
Tags: エレベーター, カゴ, カプセル, シェルター, スカイツリー, テーマ, デザイナー, デザイン, ヘリコプター, マンション, モノ, レベル, ワイヤー, 主張, 制度, 危険, 問題, 問題解決, 国家, 地震, 安全, 安心, 工業技術, 建設, 強風, 技術革新, 提案, 時代遅れ, 東京, 東京タワー, 機器, 機器デザイン, 津波, 火災, 発明, 発見, 竜巻, 自宅, 設計, 車, 車椅子, 開発, 風, 高度
Posted in 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
目次を見る
4月 28th, 2012 Posted 12:00 AM
私のロボットデザインは「舞」から始まりました。
それは、「形態論+身体論」=Nomenclatorです。
哲学者・中村雄二郎先生の明確な方向づけがあったからでした。
したがって、あの「不気味の谷」に落ち込んでいる多数のロボットから、
確実に離脱することができたと自負しています。
ロボット学者や企業ロボットが
最も見失っていることを具現化できるのです。
すでに遺産的なアシモフのロボット原則もさることながら、
J・ボードリヤールの次の指摘も乗りこえていると自己評価しています。
「もしもロボットが、
機械的な人工補綴というその性質を
はっきりと示していれば、
それはまったく「安全な状態で魅力」を発揮するためである。」
さらに、
「もしもロボットが、
行動の柔軟さというところまで人間の分身であれば、
それは「不安」を呼び起こすだろう。」
そして、二本足より確実な四輪・四つ足で、階段を上り、
飛び超す動作体系を目的化したデザインです。
そして、「表情化の実現」です。
これにはまだまだロボット設計学の進化を待たなければならないでしょう。
ヒューマノイド的なまさに人間の「顔」からの離脱が
当然でなければなりません。
そして、ヒューマン・ロボット・インタラクションという学域が
これから構築されていくことを「意図」して、
CGでそのデザイン設計に至りました。
「舞」は足裏を見せませんが、
「踊」は、足裏をまさしく小躍りして見せることになります。
安全+安心、
つまりまず安全であることを確約することで安心できるというのは、
スポーツの型のようなことです。
「受け身」という型をマスターするとか、
「準備体操」を十分にしてということが物語っています。
安心+安全は、
小動物のごとくまったく攻撃はしてこない「かわいさ」です。
かわいさという安心が成り立ってから、
その行動体系で安全が確保されていることを意味しています。
「舞」も「踊」も、「表情」でのかわいさが的確に、
人間とロボットとの相互性を保全できればいいというのが、
私の基礎学的なデザイン意図ということです。
ただ、まだこの「踊」にはメカノイド的な印象が残っています。
その改良と改善がいまだに私のテーマです。
Tags: CG, J・ボードリヤール, アシモフ, インターラクション, デザイン, ヒューマノイド, マスター, ロボット, ロボット原則, ロボット学者, ロボット設計学, 不安, 不気味の谷, 中村雄二郎, 二本足, 人工補綴, 人間, 企業ロボット, 動作体系, 哲学者, 四つ足, 四輪, 安全, 安心, 形態論, 意図, 舞, 表情化, 踊, 身体論, 離脱, 顔
Posted in 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
目次を見る
4月 27th, 2012 Posted 12:00 AM
「ロボット」、その言葉=戯曲からの由来はすでに教科書的です。
が、その由来名辞から解放されているとは言い難いと私は思っています。
J・ボードリヤールは「物の体系」で、
「ロボットは想像的なものの局面が神話として
到達したものに他ならない。
それは目に見える機能性の投影という局面である。」と、断言。
私は、わが国のロボット学者や企業は、
ヒューマノイド系とメカノイド系に
輪郭化されていることに不満がありました。
この指摘を「私のロボットデザイン」で
評論的な表現にモデル化したいと考えてきました。
ベースは、中村雄二郎先生の「形態論」と「身体論」です。
「形態論」=安心+安全であり、
「身体論」=安全+安心として再考すると、
スポーツや舞踊が引用できると結論づけることができました。
ところが、「舞踊」は日本だけでなく、
世界中の「踊り」が見事に二分できるとたどり着いたのです。
それはボードリヤールの指摘からも、
ロボットという名辞からも解放されるデザインから
技術仕様を決定していく一つの「基礎学」でした。
「舞」は、足裏を決して見せません。
能舞が日本の伝統芸能として的確でした。
名前も『Nomenclator』という古代ギリシア語を選別しました。
「Nomenclator」というのは召使いですが、
データを把握している情報マンのことです。
誰かが歩いてきて領主的な主人に挨拶をすると、
「あれはどこそこの誰で、先般、病気をしていたとか」、
性格や立場を主人様に伝達する奴隷でした。
しかし、人間ゆえに「感情を持っている」という決めてがありました。
だから、私のロボットは呼び名を変えて、足裏を見せないで行動し、
なおかつ感情=泣いたり笑ったりという表情を、
ヒューマノイドでもメカノイドでもない
形態の身体化を図るということでした。
これは私の人工心臓の究極である「感情=交感神経β1と副交感神経β2」で
鼓動しているような「性能化」感覚と一致しています。
例えば、帰宅すると出迎えてくれて、
ユーザーの想いを共有してくれることが目標意図になりました。
これは大阪大学に特任教授となったときに、
阪大フロンティア研究機構で、ワーキングモデルとして、
「感情共振」=Emotional Domainまでへのアドバンスデザインとして
開発具現化できました。
このモデル化は「玩具性」を離脱する一つの方法だと思っています。
Tags: Domain, Emotional, J・ボードリヤール, Nomenclator, β1, β2, アドバンスデザイン, スポーツ, データ, ヒューマノイド系, メカノイド系, モデル化, ユーザー, ロボット, ロボットデザイン, ワーキングモデル, 不満, 世界中, 中村雄二郎先生, 主人, 二分, 交感神経, 人工心臓, 人間, 企業, 伝統芸能, 伝達, 共有, 具現化, 再考, 出迎え, 到達, 副交感神経, 古代ギリシア語, 召使い, 名前, 名辞, 呼び名, 基礎学, 大阪大学, 奴隷, 学者, 安全, 安心, 局面, 帰宅, 引用, 形態論, 性格, 性能化, 情報マン, 想い, 想像的, 意図, 感情, 感情共振, 感覚, 戯曲, 技術仕様, 把握, 投影, 指摘, 挨拶, 教科書的, 断言, 日本, 機能性, 泣いたり笑ったり, 物の体系, 特任教授, 玩具性, 由来, 的確, 目標, 神話, 究極, 立場, 結論, 能舞, 舞踊, 表情, 表現, 解放, 言葉, 評論, 足裏, 踊り, 身体論, 輪郭化, 選別, 開発, 阪大フロンティア研究機構, 離脱, 領主的, 鼓動
Posted in 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
目次を見る
3月 31st, 2012 Posted 12:00 AM
コンニャクのような私たちの日本列島。
地震列島に津波、
だから「防潮堤を」という発想には俄然反対です。
私はこのきもちを抱いて10ヶ月、復興デザイン計画書を書き上げました。
ひとまず、すでに現地に復興実施をしている企業の口添えで、
まず石巻でプレゼンをしました。
とちを、つちを、だから、まちを!という発想です。
とち・つち・みち・まち、そして東北は「通り」があります。
人工地盤には、上水道・中水道・下水道。さらに電力と情報によって、
インフラの整備をすることで、
ようやく「スマートグリッド」の基盤整備が可能になります。
政府は未だに「防潮堤」の計画を進めようとしていますが、
美しい海岸線を
高さ10m以上の壁面で取り囲むというこの智恵無き発想にあきれます。
まして、この防潮堤の土木工事は
これまでの建設関連既得権益と強固に結びついています。
被災地の人たちには未だに瓦礫が山のように立ちはだかっています。
そして遠方には何事もなかったがごとくの穏やかな海が広がっています。
毎日、津波で無くなった方々への鎮魂の祈りを捧げておられるようです。
私は、減災・防災・救災、そして安泰という
海面からの地盤高を考え抜いた人工地盤計画を持ち込んでいます。
リアス式の美しい絵画から、あの巨大な津波は、
女川の集落をすべて飲み込んでしまったのです。
それでも現地の人々は、
毎日、穏やかな海、荒れ狂う海を見つめて暮らしていく、
この日常性での安全+安心=安泰の地盤計画が必然と考えています。
帰阪後、風邪気味なので眠りに眠りました。
あらためて、津波でおそいかかった海に、
今、生きる人間の最大の智恵で、
「生活のつち・とち・とおり・まち」を創生させたいと考えています。
Tags: インフラ, コンニャク, スマートグリッド, つち, デザイン, とち, プレゼン, まち, リアス式, 上水道, 下水道, 中水道, 人工地盤, 人工地盤計画, 企業, 創生, 地震列島, 基盤整備, 安全, 安心, 安泰, 復興計画, 情報, 政府, 救歳, 日本列島, 東北, 津波, 海面, 減災, 瓦礫, 発想, 石巻, 祈り, 被災地, 通り, 防潮堤, 防災, 電力
Posted in 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
目次を見る
12月 26th, 2011 Posted 12:00 AM
1977年TBS・TVドラマ・山田太一原作脚本に、
「岸辺のアルバム」という名作がありました。
精神的な家族崩壊と水害での完全崩壊が描かれたヒットドラマです。
そして1993年北海道南西沖地震M7.8は奥尻島に火災と津波が襲いました。
私はその地震で津波の恐怖を知りました。
そして被災した人たちが、最も失ってしまったもの、
それが家族のアルバムの大事さだったことを知りました。
3.11では自衛隊無くしては、この災害救援はありえなかったと思います。
しかし彼らの活動はまったく報道すらされませんでした。
たまたま彼らが救援や捜索で
一番に被災地の後片付けで心を配っていた物が写真・アルバムでした。
その報道画面を見つめて胸がしめつけられて涙しました。
家族アルバムは、家族の平和=安泰の物事メディアです。
したがって、「安全と安心」だけでは、国民の平和、
生命と財産の保護保全では無いのです。
「安全・安心・安泰」この三つが重要だと考えます。
安泰とは、ただのんびりとしている印象がありますが、
安全+安心=安泰という方程式になるのでしょう。
したがって、安全対策+安心対策は安泰創出です。
この方程式を忘れてはならないことを再確認すべきでしょう。
アルバムは、写真であり、その写真とは「物事の記録」です。
家族アルバムは、
ジャーナリズム対象=日々の記録が家族だということです。
ということは、災害時に持ち出す最大の財産、
その最も具体的な物は、貯金や預金通帳、
金品では無くて、アルバムが一番なのです。
だとするなら現代、家族アルバムは
「クラウド化」しておくべきことになるでしょう。
Tags: TBS, TVドラマ, アルバム, クラウド化, ジャーナリズム, ヒットドラマ, メディア, 保全, 保護, 写真, 北海道南西沖地震, 原作, 名作, 国民, 地震, 報道, 奥尻島, 安全, 安全と安心, 安全対策, 安心, 安心対策, 安泰, 安泰創出, 完全崩壊, 家族, 家族アルバム, 家族の平和, 家族崩壊, 対象, 山田太一, 岸辺のアルバム, 平和, 後片付け, 恐怖, 捜索, 救援, 方程式, 日々の記録, 水害, 津波, 活動, 火災, 災害救援, 物事, 物事の記録, 現代, 生命, 精神的, 脚本, 自衛隊, 被災, 被災地, 財産, 貯金, 金品, 預金通帳
Posted in 祈望から企望へ
目次を見る
7月 11th, 2011 Posted 2:17 PM
目次を見る
7月 9th, 2011 Posted 10:00 AM
目次を見る
7月 7th, 2011 Posted 10:00 AM
目次を見る
7月 7th, 2011 Posted 10:00 AM
目次を見る
7月 5th, 2011 Posted 12:00 AM
ドイツ、イタリアは原発撤退。
代替エネルギーは自然界エネルギーへ。
おかしいと思う。
基本的エネルギーである原発電力は、
フランスから買うらしい。
フランスは大丈夫なのだろうか。
私は大規模な原子力発電所に問題があると考えています。
したがって、反原発ではありますが、
原子力発電の技術をさらに詳細に進化させること。
脱原発は相当に困難であり、
ほとんど不可能ではとさえ考えています。
太陽パネルにしろ、風力にしろ、
いわゆる自然エネルギーというのも、
原子力技術を一つの大きな手かがりにするべきと思います。
太陽光発電の電力会社買い取り制度など、
結局は補助金無しでは成立しません。
風力発電の現実はあまり知らされていないことも事実です。
無論その他の方法もあります。
単純に考えれば、水力発電で高低差100mで、
距離約1Kmで小規模発電は可能です。
エネルギーは、日常的な家庭用と工場産業用、
さらに公共機関用の三つが絶対に必要です。
「自然エネルギー」という言葉のあたかも正当性には、
エネルギー政策の現実的問題解決は成立しないのです。
太陽光も風力も、海洋の波や海流も、地熱発電も、
すべからく私は運用すべきだと考えます。
しかし、自然を利用する技術力がもっともっと必要です。
今、政府がもっともらしい「自然エネルギー転換」などは、
決して信用すべきものではありません。
平然と原子力汚染水を太平洋に放流する政治指導者を疑います。
原発推進派だった学者が世論で、原発批判派転向も疑います。
さらに原子力専門家ゆえに反対を貫くために大学人を疑います。
専門家なら、なぜ、「安全で安心」のシステム創出に背を向け、
大学という温室から、反対派の扇動者で生きてきたのか超疑問。
20ミリシーベルトなど許すべきでないと、
泣いて訴えるだけの専門、なぜ毅然と闘わないのでしょうか。
原子力専門家というのは、最も危険で最先端だからこそ、
「命がけ」の職業のはずです。まるでF1レーサーなのです。
それならどうするべきなのでしょうか、
今、私なりに、私自身にとっても、
緊急に結論づけるべき大問題です。悩んでいます。
ふるさと福井の原発地帯を補助金欲しさと罵る輩は許せません。
Tags: エネルギー政策, システム創出, 代替エネルギー, 原子力専門家, 原子力発電所, 原発撤退, 原発電力, 反原発, 命がけ, 地熱発電, 基本的エネルギー, 太陽パネル, 太陽光発電, 安全, 安心, 福井, 脱原発, 自然エネルギー, 自然エネルギー転換, 自然界エネルギー, 風力
Posted in 祈望から企望へ
目次を見る