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Posts Tagged ‘倉俣史朗のデザイン’


12月12日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 12th, 2012  Posted 9:30 AM

12月12日 丙午(先勝)

遺伝子操作としてのオマージュ

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』15 遺伝子操作としてのオマージュ


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12月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 11th, 2012  Posted 10:41 PM

12月11日 丙午(先勝)

デザイン意図は、
デザインを創造していくことと
デザインを批評していくこと、
この両面を、思考し、
洞察する質を高めるとともに、
デザインへの興味を豊富にしていくことが
デザイン文化論の構築につながっている。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 10th, 2012  Posted 10:32 PM

12月10日 乙巳(赤口)

それでも、
その言い訳=デザイン意図には
理想や詩的な豊かさは
不可欠である。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 9th, 2012  Posted 9:30 AM

12月9日 甲辰(大安)

デザインの言い訳がデザイン意図で
あってもかまわない。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月8日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 8th, 2012  Posted 9:30 AM

12月8日 癸卯(仏滅)

モノの存在が顕示していること、
または隠蔽していることは、
デザイン意図による
形態化であり、
それはデザイナーの精神的な
創造活動だと断言できる。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 8th, 2012  Posted 12:02 AM

12月7日 壬寅(先負)

デザイン意図は、
単なる思いつきで形態化できたモノに、
あたかも最初から意図したごとく
アリバイづくりという
確信犯的な行為である。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 6th, 2012  Posted 11:02 PM

12月6日 辛丑(友引)

私は、
デザイナーがデザインするモノへの厳密性を、
ユーザーにもその厳密なまでの創造意図を
伝達していくことは、
デザインコンセプトの立案よりも、
形態のデザイン意図に重心を
かけるべきだと主張しておきたい。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 5th, 2012  Posted 9:30 AM

12月5日 庚子(先勝)

デザイン意図は、
デザインテーマに対して、
完全なる決断的な規制や原理を
要求されるものではない。
けれどもそれは、
デザインが自由であることを
意味しているわけではない。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 4th, 2012  Posted 9:30 AM

12月4日 己亥(赤口)

私は、
デザイナーの造形能力ということに
ある種の神秘性を感じざるをえない。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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12月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 3rd, 2012  Posted 7:14 PM

12月3日 戊戌(大安)

私が敢えて「Minuit」という作品を
事例として意図しているのは、
デザイン意図というデザイナーの内面、
精神的あるいは知的、
文学的、美学的な観念の世界観、
その反映がデザインとして結実していくことの
重大さを再認識しておきたいからである。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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