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「インハウスデザイナー時代のライバル、そして『縮み文化』」


   


     10月 11th, 2012  Posted 12:00 AM

東芝でインハウスデザイナー時代は、
音響機器デザインのライバルに一つ、Technicsブランドでした。
そのブランドのデザイナーが、飯田吉秋氏でした。
そしてその彼がフリーになっての作品は、
カードタイプにまとめられたソーイングセット(縫製用具)でした。
そのデザインがいきなりMoMA=ニューヨーク近代美術館の
パブリックコレクションになりました。
ちょうど私もフリーになってタケフナイフビレッジ展を
ニューヨークで開催する準備中だったと思います。
当時は、日本のモノづくりが「縮む文化」という評価を受けていました。
代表例は、「幕の内弁当」がその象徴になっていました。
確かに、松花堂弁当の縮み文化は抽象的な事例でしたが、
このソーイングセットは、余りにも具体的な発想で、
日本の凝縮実装性をデザイン表現していました。
以来、このソーイングセット「Plateon」は、
記憶にしっかりと残っている製品でした。
飯田氏は関西を拠点にデザイン活動をされていましたし、
JIDA(日本インダストリアルデザイナー協会の会員)でしたから、
そのうちに出逢うと思っていました。
それが、ある作品を見て、とても驚愕し、
これは新たな知育玩具だと感心したのです。
それが飯田吉秋氏のデザインだと知ったのはこのFBで分かったのです。
私は、「いいね!」を送付し、それからFBでのやりとりが始まって、
阪大研究室を訪ねてもらいました。
ご本人からこの作品とともにサインもしていただいたという次第です。
かつて、オーディオ全盛時代の話から
3.11の復興デザインにまで話は広がりました。
お互い20代には所属する企業では、
オーディオ商品競合のデザイナー同士でした。
お互いにデザイナーとしての最期の職能役割をすでに話合う仲です。
デザイナーは、その人の作品で、
専門的な職能観を共有することができるというわけです。
それも、ある種の「縮み文化」なのかもしれません。


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「蓑豊館長はやっぱりすごいなー」


   


     9月 11th, 2012  Posted 12:00 AM

2005年、金沢21世紀現代美術館から、
館長が名古屋のスタジオに来ていただきました。
この美術館にはFさんが赴任されていました。
彼女からの紹介があったのかもしれませんが、
「私の美術館全部を使って個展をやりませんか」と言われました。
大驚愕であり、プロダクトデザイナーに展覧会というのは、
とてもわが国では考えられないことでした。
そして、1994年ギャラリー・間での個展、
「プラトンのオルゴール」作品からインスタレーションを
すべて永久収蔵します、とのことでした。
私は「遺作展になっても構わない」という覚悟で、
この壮大な個展に取り組み、2006年76万人が観ていただきました。
金沢21美術館は、年間200万人を集客する国内最大に活性化しています。
蓑館長は、その後、サザビーズで副社長を務められ、
途中、慶応大学で二人で講演もし、食事もする仲良しになれました。
帰国されると兵庫県立美術館館長に就任されました。
兵庫県立美術館では、
脳科学者茂木健一郎氏と対談イベントをしたこともあります。
が、その時はまったく活性化されているとは思えませんでした。
そうしたら、この「超<集客力>革命」を出版されるほど、
この美術館は今や83万人/年・見事に生き返っていました。
おそらく、
日本の美術館のあり方を革新したのは、蓑豊氏と断言していいでしょう。
同じ関西に居ながら、なかなかお目にかかれずにいたところ、
電話をいただき、「君のこと、書いたから」とか、
私も、
「倉俣史朗のデザイン・夢の形見に」に帯文を書いていただいていました。
今回は、県立美術館開館記念10周年に、話をしに来ないかと誘われました。
12月に兵庫県立美術館のイベントを引き受けました。
早く会って、見せたい作品や紹介したいアーティストがいます。
蓑館長なら、
「美術館ほど面白い知的な場」はあり得ないという、
意志決定できる人物です。
「あの作家はダメ、彼はすごい」とか平然と毅然と評価されます。
きっと私の作品のこれはダメとかも言っていただきたいのです。
早く会いたいと思っています。
日本のすべての美術館はもとより、
すべての公的な「場」は、
この本で書かれているシステムに変革されるべきです。


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