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『資本主義からの逃走』
 「iPadがまた拡大させる!?・批判or批評or非難、
               iMacの私の経験から」


   


     2月 5th, 2010  Posted 2:37 AM

iPadだ!
未来、 見えているか?

iPadのNewsは様々な批評や期待で一杯です。
Apple社、ジョッブス氏の活発さに惹かれます。
そこには、いつも私たちは未来を見るわけです。
現代、こうしたNewsが、
多大な問題いっぱいの世界をやや救ってくれています。
それは閉塞感満ちあふれる日常での救いでしょう。
かつて、私はiMacを100人評価する雑誌で、
唯一、「ゴミだ!」って発言して、
ほとんど日本中から袋だたきに遭いました。
さらに、Gマークでも金賞候補からはずす主役でした。
問題点は、三つありました。
一つは、すでにあのモックアップは見ていましたから、
がっくりしたのです。
環境ホルモンと流行
ところが、
理由はそれが、ポリカーボネート製でした。
これが二つ目の理由でした。
ビスフェノールAという環境ホルモンの問題です。
今では、ポリカのリサイクルシステムもできましたが、
当時はビスフェノールAだ!って叫んだのは私だけ。
さらに、これがカラーで透明だったので、
おそらく日本の様々な文具から何にでも、
「流行現象」が蔓延してビスフェノールAに無頓着、
というのを、一人でも食い止めたいと思ったからです。
まあ、脅迫メールは届くは、
ポリカ業界からも散々な目に遭いました。
この時にも、私は自分を「職能家・デザイナー」を、
絶対に押し通そうと言い聞かせて、耐えました。
結局、「流行」は去り、ポリカのビスフェノールAは、
WHOから、「懸念ある素材」となり、
産業界はリサイクルシステム無しには、
素材使用は自粛されました。
「川崎は理詰め」と言われますが、
理性と感性には、順位があります。
「理をつめなければ、けっして感性優位は排撃すべき」
というのが、私のデザイナーとしての信念です。

私は、iPadには、二つが無かったと思っています。

●「新素材・made in Japanを知らなかったこと」
●「清潔感をコンセプトにする」

ということです。これは「批評」です。
それでも、iPadが、「iPod」がデカイだけ、
というのは、非難であり、未来が見えていません。
これは駄目でしょう。
私は、私の批評ポイントをはずせば、
やはり、「やられた!」といわざるをえません。
そして、必ず、私の二つの批評が合体するモノを
最も希望しています。


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『資本主義からの逃走』
  「理想主義の破綻、芸術家の憤りは哀しく自死なのか」


   


     11月 5th, 2009  Posted 11:36 PM

革命の指導者達がカリスマ性をもち、
英雄性をたたえられると、
歴史的には、必ずと言っていいほど、
指導者達の中に、さらに、
スターが求められるようになります。
結局、革命の「理想主義」は、
権力闘争となり、
純粋な理想主義の芸術家は、革命家には目障りな存在です。

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ウラジミール・レーニン
10月革命時の演説には、カリスマ性があった。

ロシア革命も同じ展開を見せるのです。
しかし、ロシア・アバンギャルドの芸術家は
あくまでも「理想主義」を追い求めました。
なぜなら、
芸術=デザインの表現は、
理想主義を離れれば、
即、それは表現の美は、伝わることは無いと
彼らは確信していたからでした。
私はそうだったと信じています。
だから、
「我々に、新しい形態を!
号泣が聞こえてくる」と、
マヤコフスキーは自死して逝ったのです。

私は、デザインという職能が、
資本主義という、あたかも理想主義に
よりそった「造形形態の表現」であったかも知れないが、
私も、デザイナーという職能家として、
いつも、
「新しい形態を!」と
叫び続けてきた気がしてならないのです。

たとえば、秀吉に対して、
千利休が自死を求められたとき、
利休も、次のように叫びました。
「力囲希咄」と!
これこそ、
芸術表現者、あるいはデザイナーの
「理想主義」の破綻に対する、
憤りであり、美学の叫びだと
私は思い続けているのです。

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「茶美会」裏千家への茶杓
「力囲希咄」
Kazuo Kawasaki Design


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