kazuo kawasaki's official blog

8月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 6th, 2020  Posted 12:00 AM

8月6日 仏滅(辛巳)

『位相としてのデザイン』

未だデザインが
対象化しなかった事態に、
位相となるべき時代が
訪れようとしている。

artificial heart:川崎和男展

8月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 5th, 2020  Posted 12:00 AM

8月5日 先負(庚辰)

『分別としてのデザイン』

そしてこの論理から
創出された「かたち」にこそ
「美」は輝くと確信する。

artificial heart:川崎和男展

『バウハウス展をワイフは、そして私は?』



     8月 4th, 2020  Posted 12:15 AM

2020年7月28〜30日、私とワイフは東京でした。
私は「日本文具大賞」の審査会があり、
丁度、東京駅のステーションギャラリー開催中の
開校100年の記念巡回展である「バウハウス展」を
ワイフは見ることができました。
私は展覧会には行きませんでしたが、当日は
午前中の地震通知やらでホテルがうるさくもありました。
事前のチケット予約で「1時間の鑑賞」、という
コロナウイルスのためのルールでした。
私には思い入れがあり、美大時代は、各課題の提出物のタイトルと名前を
バウハウスの文字で「切り抜き」して常に提出していました。
しかもインレタは高くて、自分で制作していたのです。
すでに蔵書にはバウハウス関連の最高の著作など一杯あります。
かなりのデザイン知識を持っていますので、
私に教われば済むのではとも思うのですが、最近は嫌らしいのです。
ワイフは自分の授業のために
「どうしても本物」が見たいと時間をつくりました。
実は、私は京都工芸繊維大学 美術工芸資料館での
バウハウス関連の展示を
見ていました。1988年度のことです。
東芝の初めてのデザイナーで、あの炊飯器を作った岩田義治氏が退職して、
母校の京都工芸繊維大学教授となり、
「見に来れば」とお誘いの電話をもらいました。
岩田さんからは東芝時代、企業ルールを逸脱する私に
「会社辞めろ」、呼び出しをくらい、「絶対に嫌だ」を
そんなことが3回はあった仲でした。
福井からカマロを運転していて、日帰りで見にいきました。
「どうだ?」と聞かれたので、「正直に言えばつまらない」。
「やっぱりな!、もう一つ部屋を見て行け」。
それはびっくりしました、まさしく東芝のプレゼルームでした、
(これを見せたかったんだ)
「この部屋は大学でも最高だといわれている」と。
バウハウスで、グロピウスとパウル・クレーの喧嘩が最高ですし、
モホリ・ナギの光と映像は、今のホームページに通じていて、
彼の図表関連がとても大切です。
カンデンスキーをどれほどナチスから守ったかも語るべきところです。
ミース・ファンデル・ローエは、米国に亡命しましたが、
今回東京に出る前日のShip of the Yearのオンライン審査では、
その弟子である日本設計の名誉会長と一緒でした。
その精神や概念は脈々と紡がれています。
金沢美大は
バウハウスの「手仕事」と米国の「アートセンター」が基本です。
さて、もういやというほど、
私は「バウハウス関係著作」を持っていますが、
「えエー?」と感想だったワイフに、
バウハウス資料はようやく役立ちそうです。

8月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 4th, 2020  Posted 12:00 AM

8月4日 友引(己卯)

「バウハウス展100周年設立」。
ワイフは実物を見に行った。
私は、1988年に京都工芸繊維大学、
教授であった、東芝デザイン部長
岩田義治氏から福井から行った。
懐かしい思い出である。

8月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 3rd, 2020  Posted 12:00 AM

8月3日 先勝(戊寅)

『分別としてのデザイン』

文化とは
無知と差別への見識闘争であり、
それだけに
「分別としてのデザイン」は、
我らが東洋の理想に
対象化出来るジレンマからの
開放の論理となるだろう。

artificial heart:川崎和男展

『やたらと大学が増えていますが疑似大学生多い』



     8月 2nd, 2020  Posted 1:06 AM

大学での学びは専門知識の習得と、実習や研究など
知の創造があり、社会への扉を開く人財を養成、育成しています。
やはり本格的な「研究」は、大学院からで、前期課程となる修士
でも足りず、後期の博士課程になってからでしょう。
例えば、芸術・デザインは、知の「創造」と「創出」だけがありますが、
これは医学や法学、経済などとは異なり、出口での資格制度がないので
あくまでその才能の可能性にかけて送り出しています。
大学は入学競争で、AからFのランク付けがあります。
私は総合大学で大学人だったので、芸術系に限らず
この大学のランク付けはとても気になります。
AからCまでが大学入学資格の学力基準を満たしていて
それ以降は高卒未満あるいは中学程度の学力です。
特に日本人は「少子化」ですが、D以下の大学がいっぱいあるのです。
今後は国立、公立が増えます。
私立ならDからFランクの大学はこれまでの大学ではありません。
大学を減らすことを論議しなければいけないでしょう。

8月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 2nd, 2020  Posted 12:00 AM

8月2日 赤口(丁丑)

大学資格制度ぐらい
絶対にほしい。
少子化なのに、
大学がとても多い。

artificial heart:川崎和男展

8月1日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 1st, 2020  Posted 12:00 AM

8月1日 大安(丙子)

『分別としてのデザイン』

文明の経済効果が
世界をジレンマに落とし込み、
差別化のために翻弄されたデザインは、
文化の基盤を幻影で
追い求める知恵遅れの
職能になるだけでしかないだろう。

artificial heart:川崎和男展

7月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 31st, 2020  Posted 12:00 AM

7月31日 仏滅(乙亥)

『分別としてのデザイン』

ならば、
せめて「区別化」の手法から
「分別」の知性をデザインは育成し、
やがて文明の経済効果に
デザインユートピアへの
コンテクストを構築する、
この決意を明然とすべきだろう。

artificial heart:川崎和男展

7月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 30th, 2020  Posted 12:00 AM

7月30日 先負(甲戌)

『分別としてのデザイン』

これを創造的営為と
呼ぶことを恥じる。

artificial heart:川崎和男展