11月 14th, 2009 Posted 9:31 AM
宗教というものは、本当にやっかいなものです。
宗教に対して、客観性を冷徹に見抜く能力こそ、
「インテリジェンス」・「知性と感性」の力だと、
私は思っています。
「資本論」が宗教になって、
資本主義社会を封じ込めた時代が終わっているのです。
しかし、まだまだ、そのことに気づいていない人は、
資本主義がすでに宗教になっているのかもしれません。
たとえば、資本主義を正当化するには、
M.ウェーバーの倫理は宗教論と読むことも可能です。
industrialとは「勤勉と工業」の二重性の意味があります。
私はindustrial designerです。勤勉デザイナーです。
すべからく
日本の工業デザイナーは勤勉デザイナーでしょう。
さて、日本にはこの宗教改革が必要になってきました。
幸いにして、
日本には「宗教的」を改革してきた知恵があります。
まず、6世紀には物信仰から仏教による意識改革を
政=まつりごとにて、社会改革がなされました。
1549年にF.ザビエルがやってきます。
キリスト教がわが国に上陸しました。
この正当性は、
ハビアンが1605年(慶長10年)に
「妙貞問答」で、どれほど、
キリスト教が仏教と儒教より勝っているか、
ということが記し残されています。
私が、もし、資本主義という宗教から解放されるには、
この「妙貞問答」での理論闘争を再度試みる、
というのが、一つの方法だと考えています。
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11月 11th, 2009 Posted 9:00 AM
「民主主義とトポロジーの構造」を、
連結させた私の指摘は、きわめて勝手な論理です。
明確に私はそのことを自覚し、言いがかりをつけて、
注視を目論見だ意図だと、自白しておきます。
つまり、荒唐無稽で読者への恫喝でもあります。
そのことに気づかれていて、
とても不快である方々を
増やしていると想像しています。
しかし、そこまでの洞察を投げかけたいのです。
そこでまず、トポロジー=位相空間論を、
簡潔に説明をしておきます。
位相空間論は幾何的な数学的な論理でしたが、
数学的な想像力は、論理思考を拡大してくれるものです。
だから、トポロジーは、物理的なメタファーから、
記号的なアナロジー、さらには、アポリアを要求します。
すなわち、
実に想像力の拡大を動機づけてきた
現代の思索手法です。
私は、
デザイナーとして、形態発想と形態表現に、
トポロジーの数学性と幾何学性にとりつかれています。
それは、よく例示される、
「コーヒーカップとドーナツ」ではありません。
クラインボトルからダンスハット形態は、
「全置換型人工心臓」にまで及んでいます。

さらに、カタストロフィー論での、
「トポロジー否定」を
突き返す、心臓の鼓動の微分方程式からの立体造形に
入り込んでいますから、アポリアは乗り越えています。
むしろ、メタファーとして、アナロジーとして、
「近さ」の問題、あるいは、前回のメビウス形態に、
「矛盾」を視覚としてとらえれば、
そこに、「民主主義」の正当性と疑問性のねじれの構造が、
明快に「見える」から分かる。
「I see」だというところにまで、「近づきたい」のです。
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11月 9th, 2009 Posted 9:57 AM
「新渡戸国際塾シンポジウム」に参画しました。
国際文化会館で開催されました。

最近はなんといっても、
この会館は、私の東京の仕事場です。
ここは恩師の推薦で会員になりました。
もうすっかり、会館の方々とは仲良しです。
シェフは、私の「好き嫌い」も見抜かれていて、
深夜にたどり着けば、夜食をいただいたり、
風邪っぽいと、特製の飲み物をいただいたりという
とても心地よい場になっています。
東京の中心でありながら、すばらしい緑に囲まれ、
美しい庭園をながめてひたすらスケッチできる場です。
デザインの会議やプレゼンテーション、研究会議まで
お世話になっています。
この会館の生い立ちは、ともかく国際交流や海外からの
学者・芸術家のホテルにもなっている場所です。
「新渡戸国際塾」に入塾するには高度なテーマで、
その論文審査があります。さらに面接です。
そしてバイリンガルでなければ塾生にはなれません。
今回は、その第一期生企画のシンポジウムで、
テーマは「日本の突破口を探る」という難解な課題に、
まずパネリストとして、15分間議論への私論を
プレゼンテーションしなければなりませんでした。
いつもの私流のために、親友である撮影監督の柏原氏に
人工心臓3rd-Modelを撮影してもらいました。
もうたまらなく美しい映像を
撮影そして編集してもらいました。
ともかく、私は、PKDとBOPへのデザイン実務への「志」を語りました。
塾生は、これからのリーダーになっていくことを、
自らも自覚し、周囲からも期待されている世代です。

につきると思います。
撮影監督の柏原氏は、
大事件でのスクープ撮影では、伝説をなし、
世界遺産を撮り、今、最も美しいCFは彼です。
その彼と私には共通することがあります。
http://frameof28mm.blogspot.com/2009/10/blog-post.html
撮影監督の映像制作ブログ Frame of 28mm
「図書館の人々」を読んでください。
彼は、独立して、どれだけ芸能関連やワイドショーに
関われば、プロダクションとして自立できるかを
知りながらも、一切、関わらなかったプロです。
私もこの仕事をやれば、金になるのだが・・・
ということを拒絶してきました。
私は、幾たびも、デザインが実現しなければ、
デザイン料をクライアントに突き返してきました。
今も、その信条はくずしたくありません。
「志」が狂えば、「美」は遠のいていくのです。
自分の役割と責務を放棄するデザイナーなどは、
殴り倒したいとすら思っています。
そんな勝手な輩がデザイン界にいることは無念です。
「新渡戸国際塾」のみなさん、「志」です!
自分には、嫌いで、嘘っぽくて、損をしても、
「正しい」ということに、
命をかけられるか、でしょう。
人道と人情の話、民主主義の正しい解釈と有り様を、
国際的に発言し、実行しているパネリストの方々から、
新たな勇気とかつてからの「志」に目覚めました。

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11月 8th, 2009 Posted 8:10 AM
「100匹目の猿」現象を知っていますか。
私は、かなり真剣に信じていた時期があります。
しかしこれは、
ライアル・ワトソン のメタファー創作だったのです。
そして彼も、この釈明をしています。
それでも、私は「感覚的に」は、
ある種の「共時現象」という見方が可能かも知れない、
と今でも思っているのです。
理由は、簡単です。
デザインのためのアイディアは、
「共時性」がかなり起こりうることがあるものです。
特に、自分が発想していて実現が遅れた時など、
私は決して「真似などしていない」!
オリジナルだけど、先行したアイディアが出れば、
デザインを世に発表することはできません。
どうしてこのような話を持ち出したかというと、
ロシア・アバンギャルドの時代に、「共時的」に、
日本では、柳宗悦の「民芸運動」が
1926年から起こります。
ロシア・アバンギャルドと同時期です。

これは、まったく共時現象だと思うのです。
民芸が、民衆をめざしての創造活動であり、
ロシア・アバンギャルドも、
民衆のために、ナロード・ニキだったのです。
私は、
柳宗理(柳宗悦・長男)先生が恩師でしたので、
美大時代にその薫陶を受けています。


「美は、
ゲマインシャフトによってのみ創出される」
というのが、
デザイナー志望時にインプリンティングされています。
したがって、
ゲゼルシャフトではなくて、
なぜ、ゲマインシャフトなのか、ということは、
実は、レヴィ=ストロースの
「・・・完璧な仕事を完遂することが出来るのは、
田舎者と野蛮人である。・・・」に
連鎖していると思えてならないのです。
つまり、
ゲマインシャフトと資本主義との関係が、
どこかで通底しているという
問題意識に構造性があると直感しています。
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11月 6th, 2009 Posted 10:48 PM
クロード・レヴィ=ストロースが逝きました。
100歳でした。
正直、私にとって本論の背景には、
この偉大な思想家の思索を学ぼうとする
確かな意志と意欲があります。
代表作であった「野生の思考」、
巻頭にバルザックの「骨董屋」からの引用があります。
かつて、私が伝統工芸にデザインを導入するとき、
最も励まされた一節でした。
「・・・完璧な仕事を完遂することが出来るのは、
田舎者と野蛮人である。・・・」と。
マルクス主義への冷静な洞察の仕方を
最も的確に教示した人物だったのではないか、と、
私は思っています。
そして、
彼が指摘し、イメージで、感覚で納得していることは、
三つあります。

● すべての社会構造は、
「女性を交換するために、
様々な集団がその規則を設けているのでは」という、
この仮説は、身震いするほど、誰も指摘しなかった
勇気ある発言だったのではないでしょうか。
ただし、これに続く論理は生まれていないと思います。

● さらに、荒唐無稽な神話の体系の基盤には、
代数学の構造がまったくあてはまっているとも。
こうした数学的な発想は、
私が「デザイン数理学」の必要性をなんとしてもと、
導いてもらった気がしているのです。
数学の論理、その機能性を教育するには、
こうした発想が必要だと考えます。
すなわち、
この指摘は、オイラーの様々な定理や
ルネ・トムのカタストロフィー理論に通じている、
あまりにも「美しい論理構造」だと感じるのです。

● 彼が現代を最も嫌悪したことは、
「グローバリゼーション」でした。
それは、世界構造が「多様性を喪失してしまう」
危険な傾向だという示唆でした。
あらためて、本論は、レヴィ=ストロースから
学び直したいと考えています。
彼の業績から学ばさせていただき、
刺激されたことに深く合掌します。
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11月 6th, 2009 Posted 10:00 AM
ロシア革命に、日本も相当に荷担していました。
さらに、ロシアを敵対した日露戦争は、
真逆に、
私はソビエト連邦の共産主義を強化したようです。
1917年から1991年にソ連は崩壊しました。
おおよそ75年間の共産主義が終わった、
と言っていいでしょう。
そこで、私の見解は、
1991年12月25日のソ連崩壊は、そのまま、実は、
資本主義の勝利だったわけではない、という見解です。
ソ連崩壊とともに、対峙し対決してきた資本主義も、
終わってしまったのです。
むしろ、なんとか、資本主義では不可能であり、
共産主義では、ある種、
共産主義という宗教観にも似た制度では不可能という
その中庸性である社会主義的な
社会主義性を再考するという思考拡大が
世界観として、資本主義先進国家はできなかった、
ということに気づくべきだったのではないでしょうか。
そこには、
民主社会主義と言ってみたり、
自由民主主義での社会的公平性の不可能さを
世界観が、避けてきたのではないかとさえ、
私は思います。
私は、日本が資本主義を標榜していたのも、
敗戦での後遺症だったと思うのです。
「日本株式会社」は、「社会主義」を隠匿し、
隠避していた仮面国家が、発展したのです。
仮面劇・マスカレードとしての
「資本主義国家・日本」、
だったのではないでしょうか?
あるいは、
仮面・ペルソナとしての
「社会主義国家・日本」、
そのマスカレード・対・ペルソナを
見事に演じた民族性が
連綿としていたのではないかと私は考えています。
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11月 4th, 2009 Posted 3:54 PM
ロシア・アバンギャルドに関わった芸術家
(デザイナーと呼ぶべき人)は殺されました。
革命家であり芸術家でした。
モノでイデオロギーを表現出来た人達です。
私は、ソビエトが崩壊した時、
彼らの泣き声こそ、
鎮魂歌になると思ったものでした。
おそらく、「Fifth Dimension」という
経済論理が存在していたことを知る人、
そんな人は数少ないと思っています。
おそらく、MITでかつて発行された
(これも冷戦当時には大きな外交問題でした)
「ロシア・アバンギャルド」の研究書を
読んだ人だけだと思います。
「革命」というのは、人命を奪います。
政治体制を転覆させるための戦争です。
こうした戦争は、革命集団の中にまで及んでくるのです。
ボルシェヴィキと呼ばれた革命参謀集団
そのカリスマ性とそのアジテーション、
革命の理想主義は、
このカリスマ性とアジテーションによって、
「独裁化」していきます。
共産主義は、私的行動を制限することで、
私的財産や私的自由性を政府が管理するものです。
二枚のポスターに、それが顕著に表れています。
しかも、それはもう1931年代になっています。
革命を牽引していた人物達の権力闘争での
犠牲者は芸術家たちでした。

クルチス・1931
「男も女も労働者はソビエトの改選へ」

クルチス・1931
「自国の英雄を知ろう」
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11月 3rd, 2009 Posted 4:27 PM
ロシア革命は、体制の大逆転により社会主義を実現。
まさに社会転覆をしました。
そのプロパガンダに、革命の手段として、
「芸術」を最も巧みに運用しました。
したがって、革命に荷担した芸術家の信念が、
私は、その革命を支援したイデオロギーに対して、
とても純粋だったと思います。
革命は、社会のあり方を理想主義的に表現します。
ロシア革命に、その具体例が「作品」になりました。
ロシア・アバンギャルドという芸術運動と言われますが
それらは、やがて「デザイン」と呼ばれるものへと
変更していくのです。
デザイナーが芸術家から職能家になっていきます。
そして次第に、革命の動乱から政治形態を整えていきます。
この革命の進行が理想主義を崩れ始めるのです。
革命後の経過は、革命の主目的から離脱していきます。
異次元な政治形態、すなわちイデオロギーの形は、
革命への動機を、見事に変えてしまうわけです。
ロシア・アバンギャルドと呼ばれた作品に、
その変貌ぶりや、革命意思のゆがみが反映します。
芸術表現も、大きな恣意性をもち始めるのです。
私は、デザインの源流として、
ロシア・アバンギャルドをとらえてきました。
革命のための手法とされた芸術、その応用性に、
「デザイン」の源流と原点を見てきました。
マヤコフスキーは、
「かたちが泣いている」と言ったのは、
革命が、やがてはその指導者たちの権力闘争となり、
社会性・社会正義であった革命動機は、
「政治という形」が変態してしまうのです。
私は、ロシア・アバンギャルド=デザイン源流、
その「作品表現」に、
理想主義に持ち込まれてくる政治的な恣意性を
見つけてきました。
デザイナーにとっては、
必ず、見通しておくべきことだと思っています。
ロシア・アバンギャルドが、
どれだけ、政治的に「作品表現」を変えたのか、
ということです。
次の3つのコーヒーカップが、
なぜいわば同じ「芸術運動」=ロシア・アバンギャルド、
それにも関わらず、大きな違いが見られます。
チェオーニン・1921
まだ、特権階級の装飾性から離れられない。

スエーチン・1923
もっとも、ロシア・アバンギャルドであり、
「純粋な形態」、以後のモダンデザインを決定づけている。
MoMAの収蔵品になっている。
レプリカは今も手に入る。

クズネツォフ・1923
革命指導者は、ロシア・アバンギャルドの作品を好まず、
やはり、特権階級的な表現を求め始める。

たかが、コーヒーカップです。
しかし、されどコーヒーカップです。
このコーヒーカップの形態と装飾に、
政治=イデオロギーの恣意性が表現されています。
ただし、この3点とも「コーヒーカップ形態」として、
まったく正しい設計になっています。
余談ですが、昨今のコーヒーカップのデザインは、
デタラメなモノが反乱しています。
これはイデオロギーどころか、
デザイナーがコーヒーカップそのものに対して
きわめて無知にすぎません。
ともかく、私は、ロシア・アバンギャルドに、
本来、理想主義を求めた社会革命が
「かたちが泣いている」という言葉、
凝縮された理想主義に、社会主義・共産主義の崩壊は
もう見えていたというわけです。
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11月 1st, 2009 Posted 9:41 PM
● 資本主義経済は、まず私的な「収益性」を分配します。
それは、人間の欲望のまま私利私欲の追求です。
しかし、私利私欲は社会から疎んじられます。
したがって、資本主義には倫理性が求められました。
その倫理性の具体化は、
欲得を社会化=私利私欲の公益化をめざすわけです。
それは、収益の社会的で公平な分配です。
分配というのは私利益の一部を社会還元することです。
社会主義は、公的利得がそのまま社会に運用され、
私的財産も公的に管理されます。
その主義によって、私的生活はほぼ完全に保障されます。
社会保障制度とは、本来は社会主義的な保護政策です。
共産主義は、私的財産は制限され認めない。
それが根本的な前提という制約制度です。
つまり、「収益性」と「公益性」のあり方を、
私的か、公的か、その自由性に委ねるか、否か、
という資本主義とは真正面から対峙・対決しています。
公的な平等性の強化を政治支配によって、
私的自由度は制限されても、公平性は確約されます。
● 20世紀は、この自由性・公平性・私的財産の保全など、
二つの主義=イデオロギーで分割され、
このイデオロギーは、対峙どころか対決しました。
● 私は、モダンデザインの系譜・デザイン史から、
共産主義と社会主義を概観することができます。
そして、この共産主義の登場からの系譜を見れば、
ソビエト連邦の崩壊の理由は明確に分かります。
それは「ロシア・アバンギャルド」によって、
「表現された作品」、
その「芸術家」から見えるのです。
彼らはデザイナーという職能家の源だったと思います。
ロシア・アバンギャルドによって、
共産主義の「かたち」が最も具体的に表現されました。
しかし共産主義革命は、革命直後から、
このイデオロギーが崩壊する兆しが見え始めています。
残念ながら、このことに言及した資料はありません。
● 私は、デザイナーになって以来、
ロシア・アバンギャルドの資料を収集してきました。
本論で、この言及を試みるつもりです。
それは、やはり、
この言葉から始めればと思います。
制約制度の中で大衆は泣きました。
共産主義の制度で苦しめられた人々、
その泣き声こそ、
このイデオロギーが終焉するまで
泣き続けていたのではないかと私は思っています。

ロシア・アバンギャルドの中核人物
ウラジミール・マヤコフスキー(w)は、
革命直後にこう叫んだのです。
● 「かたちが泣いている」と。
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10月 31st, 2009 Posted 12:00 AM
いつか、でも必ず、ヘリコプターをデザインしたい。


若いときに影響を受けた経営者は数少ない。
その一人の企業と仕事を始めた。
そして、その経営者が残した別荘に招かれた。
軽井沢で最大規模、これ以上の別荘は無いだろう。
その経営者の眼力で選ばれた現代アートが200点余り。
それだけでは無くて、
建築・インテリア・庭園・家具、すべてのセンス最高。
こんな経営者が日本に存在していた。驚愕だ!
彼の著作にとりつかれた時があった。
私は、その企業と取り組んでいる仕事に、
「最高のモノを!」と、強烈に望まれてしまったのだ!
公にされずに、密やかなれど、
「美」と「暮らし」はこうあるべきだと教えられた。
紅葉の広大な庭園には、現代アートの彫刻がある。
気づかないほど自然に溶け込んでいる。
これほどの完璧さにある「美」を見せられた以上、
私のデザインへのプレッシャーはとめどなく大きい。
雑誌やTV番組に登場する別荘などは及びもつかない。
そして、大好きなヘリコプター、
それもユーロコプターで、快晴の中を飛んで、
東京に入った。
ユーロコプターは、今、最も美しいヘリコプターだ。
しかし、私なら・・・・
「本物」とは、「二重否定」で決定されることだ。
「偽物」では「無い」。
「偽物」=一次否定・「無い」=二次否定、
ゆえに、「二重否定」=「本物」。
私は、このブログで、「本物になりたい私」を
さらけ出している。
卑怯者で偽者が本当に多くなってきたから、
やはり、「行学としてのデザイン」で、
このブログでの考察を続けたい。
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