kazuo kawasaki's official blog

5月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 18th, 2011  Posted 10:00 AM

5月18日 先勝(癸酉)

悲しいから、
悲しさはどうにもならない噴出できない
心中の痛みである。

この鎮痛薬としてのデザインを
もし発見し、具現化できるなら、
それを目標にしたい。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 17th, 2011  Posted 10:00 AM

5月17日 赤口(壬申)

哀しみを対象にしているだけでは
デザインの本質にまで
降りていくことはできないのではないかと、
最近つくづく感じている。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 16th, 2011  Posted 4:11 PM

5月16日 大安(辛未)

デザインはこの悲しみと
対峙していくことができるのだろうか。

これまで、
車椅子になって以来の私は、
「哀しみにデザイン」ということをも
テーマにしてきた。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 15th, 2011  Posted 10:00 AM

5月15日 仏滅(庚午)

悲しみは、
人間の歴史が最も解決できないままに
抱き続けてきた奈辺の感情、
野生ともいえる心中の痛みなのだろう。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 14th, 2011  Posted 10:00 AM

5月14日 先負(己巳)

もし、
鬱積した悲しみが
やがてその痛みから解放されるとするなら、

それは、
どこかで解放される思い出として
哀惜となってくれるまでの
時間だけが必要なのかもしれない。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月13日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 13th, 2011  Posted 7:38 PM

5月13日 友引(戊辰)

哀しみは、
痛みよりは、哀惜といういとしさが宿っている。

だから、
痛みでいっぱいになっている悲しみとは
まったく異なっている。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月12日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 12th, 2011  Posted 11:50 PM

5月12日 丁卯(先勝)

悲しさと哀しさは、
その内実がまったく異なっている。

悲しさは、出口が見つからない
積もりつもった痛みである。

哀しみは、いっぱいに籠っている
哀れみである。

『デザインという先手』つまれたいたみ


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5月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 11th, 2011  Posted 4:53 PM

5月11日 赤口(丙寅)

デザインは、
まず好みだけで判断するアホが多い。

私のデザインが嫌いな人がいても
一向にかまわない。
それを上回るファンもいていただけるの
だから当たり前の話だ。

『デザインの極道論』面罵


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5月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 11th, 2011  Posted 12:46 AM

5月10日 大安(乙丑)

「何事も(?やかに)話し合い」
などということが、
まことしやかに語られるように
なってから、日本人は、
気性の骨格の大事な一本を
抜き取られてしまったようである。

『デザインの極道論』面罵


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5月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 10th, 2011  Posted 12:38 AM

5月9日 仏滅(甲子)

しかし、
聴衆からの反応を見ていると、
講演内容ではなくて、
なんだか「時代が消沈」している
気配を感じてならない。

「時代か、自分か」ということだ。

『デザインの極道論』面罵


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