kazuo kawasaki's official blog

9月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 25th, 2011  Posted 9:30 AM

9月25日 癸未(大安)

「デザイン」が「学際」の
具体的手法論であることを、
私なりのデザイン活動での
成果を事例として
発表していくことが、
まさしく
私の役割であり使命だと思う。

『デザインは言語道断』学際


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9月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 24th, 2011  Posted 9:30 AM

9月24日 壬午(仏滅)

「美しいデザインがデザインの本質である」
ということは自明のことだ。

『デザインの極道論』うつくしい


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9月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 23rd, 2011  Posted 9:30 AM

9月23日 辛巳(先負)

個人の主観性の本質は、
人それぞれの感性と
その人なりの精神性である。

それを制限したり、
廃絶する権利は誰にもあるはずがない。
まして、感激や感動を妨げてはならない。
それを認められる志が感謝である。

『デザインの極道論』うつくしい


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9月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 22nd, 2011  Posted 11:38 PM

9月22日 庚辰(友引)

いったん公的な場面で
「敵」に
自分をさらけ出してしまえば、
「まったく、アホらしいごまかしだ!」
とわかることが、
いかにたくさん
自分の前に転がっていることか。

『デザインの極道論』さりげない


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9月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 21st, 2011  Posted 10:00 AM

9月21日 先勝(己卯)

イメージを蓄積してから
スケッチを描き出すことは
発想の手法ではない。

私の場合は、
イメージを考えてから
スケッチを描くのではなくて、
スケッチを描くことから発想が始まる。

『デザインという先手』志


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9月20日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 20th, 2011  Posted 2:15 PM

9月20日 赤口(戊寅)

見つめるべき表裏、
表面という外観と
その外観を構造化している
内実=デザイン意図や、
デザイン表現の意志=哲学は、
語り切る言葉が少ないからかもしれない。

『デザインという先手』触手


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9月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 19th, 2011  Posted 10:00 AM

9月19日 大安(丁丑)

デザインは、
あくまでも外観的な印象を感覚として
受け止めることができる。

しかし、
その外観を内側から構造化している
デザインの思考は、
印象でも感覚でも、
認識性には行き着かないものである。

『デザインという先手』触手


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9月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 18th, 2011  Posted 10:00 AM

9月18日 仏滅(丙子)

これからのデザインの対象を
現状の産業界の構造に
押し込めたくないと思っている。

なぜなら、
企業そのものが相当に
変革をしなければならないはずだが、
企業存続の限界に接しない限り、
その認識は低いままだからだ。

『デザインという先手』触手


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9月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 17th, 2011  Posted 10:00 AM

9月17日 先負(乙亥)

「なぜデザインして創る」
ということで、時代を読み取り、
創る内容を決定していく。
すると、
自ずと時代に沿った内容が
とんでもない形式を
思い浮かばせてくれる。

『デザインという先手』掌


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9月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 16th, 2011  Posted 11:40 AM

9月16日 友引(甲戌)

大きな疑問に包まれたまま、
社会に出なくてはならなかった。
そして、
いまも抱えている
プロジェクト一つ一つに
「なぜ、これをデザインするのか」
ということである。

『デザインという先手』掌


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