6月 3rd, 2014 Posted 12:00 AM

左利きは生まれながらにして決まっていたらしい。
私が生まれると何でも左を使うということで、
左利きを矯正するために祖母は、
私の左手を着物と一緒に結わえていたと聞いていました。
ところが、私は直ぐにそれを懸命にほどいてしまったと聞きます。
幼稚園(どういうわけか私は幼稚園も転園?)時代は、
「周りがみんな左利き」と言い回っていたらしいのです。
その頃から、私は左右利きになり始めた記憶があります。
それは絵を描いて着色していくときに右手で塗ると早い!のです。
次には、英語を黒板に書くときに、
ハッと気づいたのは、英文は左手が便利で、漢字は右手でした。
美大では、自分の手を描く練習をさせられましたが、
なんと、これは私が教授になった最初の大学、
名古屋市立大学芸術工学部の最初の実技試験問題に成りました。
第一期生入学の倍率は40倍だったので、その実技採点では、
素晴らしい作品がありましたが、その数作は不合格でした。
印象に残っているのは、指紋のパターンで描かれた表現でした。
彼もしくは彼女に、私は才能を感じましたが不合格。
理由は、学科試験の点数倍率が高くて実技試験は付け足しでした。
学科と実技で、デザイナーの才能を分別することは不可能です。
それ以来、私は自分が左利きから左右利きになってきたことを
とても強く意識するようになり、仕事知識のために、
結局徹底的に知るようになったのは、手の筋肉と腱の構造でした。
なぜ、左利き?、理由は明快でした。
左手の腱には生まれついた強靭さがありました。
これがなぜ先天的なのかは不明ですが、反対に、右手で筆記、
特に漢字を書くことが右手の腱を鍛えたように感じています。
私にとって、両手の腱こそ、手の器用度を決定している能力、
すなわち、手にこそ才能が息づいていると確信しているほどです。
「私の教授室にはドラフターは2台」
Tags: デザイナーの才能, 倍率, 先天的筋肉と腱, 名古屋市立大学芸術工学部, 実技試験, 左利き, 左右利き, 左手の論理, 手にこそ才能, 第一期生
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6月 2nd, 2014 Posted 12:00 AM

日本が正当な民主主義法治国家であるとするなら、
国民はその生命と財産は国家によって護らなければなりません。
しかし、私たちの同胞は、隣国の独裁国家によって、
「拉致」されたまま、救出することすら出来ません。
日本にとって最大で一番の問題だと私は考えています。
「隣人を愛せよ」とは隣人を愛することの不可能さへの戒厳です。
現政権にとって、様々な政策の最大目標への取り組みが
新たな進展を遂げようとしています。
ところが、この国家的なあり方を喪失している独裁政治の企み、
国民を独裁制で縛り付け、私たちには不可解過ぎる「拉致」へ
本当に「解放」をしてくれるのでしょうか。
拉致被害者の両親たちの方々もすでに高齢であり、
拉致された親子関係を壊された方々もいっぱいおられます。
私は単なる市井の人間にすぎず、この「拉致問題」には、
何もすることができません。
その無念さを書き留めなければなりませんが、同胞の生命が、
独裁国家の政治的な策略で失われることはあってはなりません。
拉致被害者をなんとしても解放と帰国を祈念しています。
拉致被害者を取り戻すためにこそ、国家・国民として、
この独裁国家へは、正当な防衛対策が昂じられるべきです。
もし私の親族であったとするなら、どれほどの苦しみでしょうか。
一日も早く、ではありません。
即刻、彼らを解放し、拉致かもしれない膨大な不明者を
なんとしても取り戻すべきです。
「隣国を愛せよ」とは、隣国の荒唐無稽さを仕方無く、
彼らの生命のために、堪忍せざるをえないということでしょうか。
拉致されたかも知れない人たちの膨大さに無念さは拡大します。
「拉致問題解決が先決、現代問題解決は不可能を表徴」
「同胞を救出せよ=わが国の最大的政治問題である」
Tags: 堪忍, 帰国, 拉致被害者, 民主主義法治国家, 独裁国家, 生命と財産, 荒唐無稽さ, 解放, 防衛対策, 隣人を愛せよ
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6月 1st, 2014 Posted 12:00 AM

次世代デザイナーへの助言です。
TV画面、モニター画面、それぞれには額縁があります。
デザイナーにとって、画面額縁を無くしたい、と拘った経験、
これは画面設計に関わってきた担当デザイナーや技術者にとっては
一つの大きな目標だったことがあります。
私がモニター設計に関わり出した頃、
まず、ある液晶供給企業が、とりあえず、左右は同寸、
けれども上下、上は狭く、下が広い時期がありました。
その頃は、どうしてもこのスタイルに私は納得できず、
それなら、上下左右を同寸にしていた時期がありました。
やがて、モニター画面の額縁が12mm程度になって、
世界で初めて「峡額縁」モニターデザインをしました。
上下左右をすべて同寸の額縁にしたところ、
あるメーカーは、供給メーカーそのまま左右と上下寸法違いを
商品化しましたが、すぐに市場から消えていきました。
まだ、19インチ時代でした。
それが最近4Kテレビ時代になって、「峡額縁」TVが出現しました。
私は、この進化は素晴らしいと評価しています。
最も、TV画面の峡額縁は韓国で提案されましたが、
それは液晶提供メーカーが韓国製になってきたことが原因です。
そして、担当デザイナーたちが、
どうせTVは額縁のデザインだと聞くと腹立たしくなります。
なぜなら、「峡額縁」の進化ゆえに可能になってきたデザイン、
そのあり方を放棄しているようにしか見えません。
日本の額縁デザインで視覚情報を縁取るべきです。
それこそ、画面は情報の表示形式です。それゆえに、
情報の額縁に拘っているようでは、画面情報には、
写し、映されることで、視覚化情報は「移され、撮されて」、
見る・観る・視る・診る・看る・覧るという、これだけの
視覚情報が「縁取られる」ことを重視すべきだと思います。
『画像と映像の機器をデザインしてきて・・・』
『TV画面=画像と映像の現代的なまとまり』
Tags: 「峡額縁」, 4Kテレビ, TV画面, モニター画面, モニター設計, 写し、映される, 情報の表示形式, 液晶供給企業, 画面設計, 画面額縁, 移され、撮されて, 縁取られている, 見る・観る・視る・診る・看る・覧る, 視覚化情報, 韓国, 額縁, 額縁が12mm
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5月 31st, 2014 Posted 12:00 AM

学生達に講義をすれば、
みんな真剣に再生エネルギー問題や原子力発電方式を熟考します。
これからの新しいリーダー達には大きなテーマですが、彼らは、
「電気=交流100V・50Hz/60Hz」はすべて同一だと思っています。
50Hzと60Hzに、すでに「電気の質」があることには無知です。
「飲める水と飲まない水がある」、もう一人の教授の言葉でした。
とても良い表現だと思います。
オーディオマニアなら、単に家庭内に引き込まれる交流電源を、
私は、自宅の電源を正当な基準正弦波にし直しています。
出力電圧波形を1秒間に51200回/50Hz・61440回/60Hzという
常時、再生音基準に正当な正弦波にする装置を使っています。
当然、この電源コードもメディカルコード(医療機器専用)です。
つまり、供給されてくる電流は歪んでいます。
それこそ、電柱にあるトランスを「自分用」にして、
せめて家庭内の電流と電圧は正弦波を常に一定にすることです。
オーディオマニアならば、再生音をパワーアンプだけでも、
常時一定にしてほしいのですが、そのことに熟知するには、
私はともかくオーディオマニアになってもらわないと不明です。
自宅にもどって、この装置がその後進化しているかどうかを
あらためて調べてみました。
そうしてとても驚いたのはこの装置メーカーが倒産していました。
それは日本人がいかに正弦波で、出力電流を一定化することを
忘れてしまっているかということです。
本来ならば、各電力会社は交流分配の家庭内装置には、
正当な出力装置までを設置することこそ私は義務だと思っています。
それすら出来ない電力会社は、発電・変電・送電・蓄電、
それぞれを分業起業化する時代になってきていることを
企業倫理として自覚すべきだと私は強力強引に主張しておきます。
「アンプジラ・パワーアンプ(電質)の音響聴覚」
「わが家PCオーディオのセンターは、まず音像」
Tags: 51200回/50Hz・61440回/60Hz, オーディオマニア, トランス, メディカルコード, 交流100V・50Hz/60H, 企業倫理, 再生エネルギー, 再生音基準, 出力電圧波形, 分業起業化, 原子力発電方式, 基準正弦波, 発電・変電・送電・蓄電, 装置メーカーが倒産, 電力会社, 電気の質
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5月 30th, 2014 Posted 12:00 AM

携帯電話が国内に登場した時、ちょうど私は赤坂で、
フリーランスのデザイナーになり車椅子ながら外車で遊んでいました。
そして、車載用電話の最初のユーザーになったと思います。
以後、ショルダータイプの携帯電話となり、
携帯電話のデザインにも2年程取り組みました。
が、国内の電話会社の時代遅れと喧嘩を繰り返してその仕事は、
いつもごとく無くなりました。けれども、
MOTOROLAなど海外企業の進化を徹底的に観ていました。
そして、iPhone直前にBlack Berryが登場したときに、
あの携帯に附属したかのようにヘッドセットが出てきました。
私はヘッドセットはほとんど実使用しながら収集もして、
性能評価をデザイナーとして評価を積み重ねてきました。
この連関性から、ヘッドホンとヘッドセット、
それにはイヤホンのあり方を使用し観てきたと思っています。
おそらく、人間の耳孔のかたちは全てが違うのでしょう。
まだ、まったく最適なヘッドセットはありません。
しかし、性能の進化とともに、
モバイルのアプリでの補完が進化してきているようですが、
ヘッドセットの効用性そのものが欠落しているようです。
ともかく、Hi-Fi性は全く叶っていませんが、
ヘッドセットとそのアプリケーションは地味に進化はしています。
私はあくまでもデジタルガジェットによって、
モバイル系は、その便利さがインターラクションデザインの
明らかな一つの分野になるものと判断しています。
その確かな根拠は一つだけあります。
それは、ヘッドセット企業が、ベンチャー企業として、
様々なデジタルガジェット企業として進歩していきています。
残念ながら、わが国にはこうした起業要素がありながら、
デジタルガジェットから、本来のデジタル起業家はまだ居ません。
Tags: Black berry, Hi-Fi性, MOTRORA, インターラクションデザイン, ショルダータイプの携帯電話, デジタルガジェット, デジタル起業家, フーランス, ヘッドセット, ヘッドホン, ベンチャー企業, モバイルのアプリ, 外車, 性能評価, 携帯電話, 耳孔, 赤坂, 車載用電話
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5月 29th, 2014 Posted 12:00 AM

「サングラス着用の方入店お断り」という看板がありました。
サングラスが、道を外れたその道の人、と言われていた時期。
ところが芸能人、ロックミュージシャンがサングラスを
ファッションとして身に付けだしたガジェットになりました。
私自身も、社会人20代の頃は、ブルー色の度付きグラスを
あたかもサングラスのように日用品にしていたことがあります。
その後、メガネフレームのデザインに関わり出して、
オプトメトリクス養成の専門学校テキストを、
企業の人からフレームデザインをし始めた私を教育するために
徹底的に教えられて、ブルー色サングラスのことを学びました。
その頃から、オゾン層の破壊とともに、
地球上の紫外線が極度に増加し始めてきました。
ともかく、地球と成層圏の様々な問題は現代の天災とも
ある種の科学的な見解が解明に向かっているようです。
しかし、紫外線は、眼球の虹彩とも関係が出始めました。
当初は、モニター直視状態から、「ドライアイ対策」のため、
モニターのブルー発色よりも重大な対策メガネに適用を考えました。
その偏向液晶レンズの適用から「瞬感」というサングラスが出来て
商品化をすることで、ドライアイ対策グラスから、
今度はサングラス適用が可能になってきました。
現在は、まだ、濃度変換によって「眩しさ対策」ですが、
ここから、メガネ性能・効能・機能が未来に向かっています。
それはやがてウェアラブルPCにつながってくるものと考えています。
メガネフレームも、ドライアイ対策を進化させてきました。
ただし、これはサングラス性能だけを追いかけています。
私は、まず、性能表現の技術を製品化して商品展開をし、
それが、効能=社会的な存在価値となって「機能化」させる、
これが私の「商品デザイン」手法です。
日本人にとってもサングラスはいづれ、
新たな機能グラスに進化するものと確信しています。
瞬感(SHUNKANサングラス)
『「瞬感」SHUNKAN=液晶サングラスを実現しました!』
『PCメガネはドライ・アイ対策でなければいけない』
Tags: 「商品デザイン」手法, 「眩しさ対策」, 「瞬感」, ウエラブルPC, オゾン層の破壊, オプトメトリクス, サングラス, ドライアイ対策, フレームデザイン, メガネフレーム, モニター, ロックミュージシャン, 偏向液晶レンズ, 効能=社会的な存在価値, 度付きグラス, 性能・効能・機能, 機能化, 紫外線
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5月 28th, 2014 Posted 12:00 AM

月のようなかたちのマークは、鉛筆にいつもありました。
そのマーク「JIS 」=日本工業規格が、中国製で散々にコピー、
このことがあって、本格的に再マーク化が政策になりました。
2005年頃、すでに私は大学人でした。
東芝時代の上司で二つの第一段部の二つの元部長K氏から、
その募集審査会の審査委員になって新たなマーク選定をしました。
当然というか、やはりというか、そのマーク募集では、
審査結果の表彰も単に名誉だけだったはずでした。
お役所はその頃もまったくデザインの重要さに無知でした。
いや、無知であることを「当然」にしていたのでしょう。
その上司は、入社早々、私にAurexマークをデザインさせて、
徹底的にC.I.を学ばせ、しかも米国留学組ゆえに、
レタリングとマークについては、とても厳しい人物でした。
その元上司から、審査員に選ばれていたので、
経済産業省地下室の壁面いっぱいの応募作を丹念に見比べ、
それから最小径Φ・2mmでも視覚性安全かつ複製困難性を知りました。
プロで年上のデザイナー達の中では、まさにマーク造形と、
マーク製造知識力、審美眼の検閲を受けているようでした。
かつて美大でも、この造形力は相当に鍛えられていましたから、
上司からはロゴタイプやマーク制作では信頼されていたのでしょう。
新しいJISマークを昨今のモノで見かけることはありませんが、
この新JISマークは国際的にも高い評価があると聞いています。
ところが、最近、政治的背景でのデザインには、
日本人デザイナーとしてとても見逃せないモノが出回っています。
結局は、デザイン教育で、次世代デザイナーへの訓練不足と、
レタリング・マーク・ロゴタイプの知的造形力が無いのです。
まして政治政策そのものに「知性的審美眼」が大欠落しています。
『公式ロゴタイプのデザイン仕様を検証』
『「カリグラフィ」のペンとインクとインク壺』
「デザイン基礎力の一つから現代社名ロゴをみると」
「手を頭脳化するトレーニング=デザインストローク」
「ヘルベチカは文字の結論になっている」
「日本で最初のスクリプト体・恩師のデザイン」
Tags: 「JIS 」=日本工業規格, 「知性的審美眼」, Aurexマーク, C.I., JISマーク, マーク募集, レタリング・マーク・ロゴタイプ, レタリングとマーク, 中国製で散々にコピー Posted in 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ
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5月 27th, 2014 Posted 12:00 AM

「東京」、一極集中は昭和から今なおさらに強まっています。
地方から東京への想いは、この代表的な団塊世代の歌手たち、
彼らの「東京」詩情があって歌謡曲のタイトルに象徴されました。
矢沢永吉=広島、やしきたかじん=大阪、松山千春=北海道から
それぞれの歌詞内容に彼らの東京への想いが歌われました。
しかも、すべてが昭和の時代であり、私と同世代のきもちでした。
彼らがふるさとから、東京での自己表現をめざし、
あきらめというよりも、都市構造を見透かした歌手たちでした。
私にとっての東京時代は7年間定住でしたが、
その後は、距離をとって傍観し、月1上京しています。
最も「変だ!、おかしい!」と思っていたのはバブル時期でした。
その頃、東京がバブルだとは福井にいた私には不明でしたが、
ちょうどその当時はApple本社・クパチーノとの関係だけの仕事。
東京から来訪するプロデューサーと称する人たちの異様さは、
今も明確に覚えていますが、彼らは今、存在していません。
東京一極集中は、現在、ますます勢力を露わにしています。
比して、廃村ということばを辞めて「終村」らしいのです。
私は日本列島の集落=村体制づくりにこそ新政策が必要でしょう、
が、その政策、村づくりデザインは行き詰まっていると感じます。
ひょっとすれば、「東京」と謳われた時に、
現在のシャッター通りまでが予知されていたのかも知れません。
私のふるさと福井県も人口は80万人を減少させています。
月1回、帰省する度に私は精彩を欠いていくふるさとを知ります。
この「都・対・鄙」に、私は鄙びと=雛美人デザイン論、
これを若き日に書きましたが、伝統工芸にだけ適用させました。
おそらく、3.11以後、さらに一極集中が強靭化するなかで、
私はあらためて雛美人デザイン論が必要だと思っています。
「終村」は決して言ってもつくってもいけない観念です!
花綵を断ち切った、都と鄙 けれどもNetwork社会に希望」
金融工学の始祖はマルクスだった_15
Tags: 「東京」, 「終村」, 「都・対・鄙」, Apple本社・クパチーノ, シャッター通り, バブル時期, 一極集中, 伝統工芸, 団塊世代, 廃村, 昭和, 村づくり, 東京一極集中, 歌手, 歌謡曲, 自己表現, 観念, 鄙びと, 集落, 雛美人デザイン論
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5月 26th, 2014 Posted 12:00 AM

私がAurexブランドに「エレクトレットコンデンサー」技術を
カートリッジ・ヘッドホン・マイクにする商品化提案書にして
25、6歳当時に、事業部内展開をする原案を書きました。
結局それがブランド内で最も事業成功した製品群になりました。
特にヘッドホン、それもエレクトレットコンデンサーを
ヘッドホン化するためには、軽量化と最薄化を目指しました。
まだその頃1975年頃は300gが平均重量でした。
新素材プラスチックにて150gは世界で最軽量HR-710でした。
その後、ヘッドホンアンプでエレクトレットコンデンサー駆動と
今はもう無いと思いますが、重箱ミシンといわれる製造法で、
ヘッドパッドを軽量な人工皮革で創りました。
アンプやプレーヤー、デッキなどは、個展直前2005年頃に、
オークションで、かなり収集をしておきました。
だから金沢21世紀美術館では展示することができましたが、
ヘッドホンはパッド素材の経年変化があって集めませんでした。
しかし、今はインターネットで検索することが出来ますが、
エレクトレットコンデンサー技術は東芝にもうありません。
これらのヘッドホンを持っておくべきでした。
したがって、作品集にも詳細は掲載していません。
ヘッドホンで頭部重量・頭側部側圧・顔面体感などを学びました。
この経験が、私のメガネフレームデザイン設計を支えています。
したがって、メガネフレームデザインがまともでないのは、
デザイナーにヘッドホン装着性の経験が無いからだと断定します。
つまり、ヘッドホンとメガネフレームは、
頭部・顔面への側圧が人間工学として最も重大だと思っています。
おそらく、メガネフレームをして、それからヘッドホンをすれば、
フレームデザインもヘッドホンデザインも確認検証が可能です。
『音場と音場と局部音場のためのワイヤレスヘッドホン』
Tags: 「エレクトレットコンデンサー」, 21世紀現代美術館, Aurex, HR-710, オークション, カートリッジ・ヘッドホン・マイク, パッド素材の経年変化, ヘッドホン装着性, メガネフレームデザイン設計, 人間工学, 側圧, 商品化提案書, 東芝, 重箱ミシン, 頭部重量・頭側部側圧・顔面体感
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5月 25th, 2014 Posted 12:00 AM

モノが出来る=商品化されると嬉しくてたまりません。
だからやはり書き残しておきます。
製品開発としての出版をじっくりと自分領域で考えてきました。
今では、中国でとても安易な出版が氾濫してきています。
いわゆる作家として、美術家・建築家・デザイナーなどの、
作品集、その装丁を見ると、作品と同等な仕上がりは必然です。
しかし、作品が出版されるなら、出版製品としては、
日本の出版市場のこともあってか、もの凄く貧相になっています。
このような製本でよく満足できるものだと私は信じられません。
私はなんとしてもそれだけはプロとしてデザイナーとして、
絶対に新たな手法やそのための新治具、新器具までが必要でした。
発泡インキ印刷は、その膨らみの経年性はまだまだです。
乾燥をさせて多重のインク重ねでの輝きが必要です。
書籍函はその組み立てからも正確な仕上がりが失われています。
書籍専門家ならスピンといわれる栞ひもも二本必要でした。
さらに、3D写真は最近はとても進化してきましたが、
その3D写真についても、幾たびもテストをしました。
ところがこれを表紙それも布貼りに落とし込み圧着が問題でした。
表紙裏に大きな影響が出てしまうこと、
写真圧着の温度と接着剤に経年変化が起こらないこと、
書籍函との密接性も最近はいい加減ですが、私には無理でした。
しかも、書籍のカラー印刷インキと紙質指定も、
すべてが生産原価にひっかかりました。
私のモノづくりは、当然、儲けていただきたいのですが、
モノの本当の良さを表現するにはコストはかかりますし、
かかり過ぎてしまうことは否めません。
どうしても手造りでの精度を求めてしまって、
配本が遅れていることをお詫びします。
でも、書籍づくりの「手本」を目指したことは自負しています。
『やっと4冊目の作品集が出来上がった!』
Tags: 「モノのデザイン」, 「手本」, 3D写真, カラー印刷インキ, コスト, スピン, 出版, 出版市場, 出版製品, 商品化, 布貼り, 新治具、新器具, 書籍函, 栞ひも, 発砲インキ印刷, 紙質, 落とし込み圧着, 装丁, 製品開発, 製本, 貧相
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