「資本主義からの逃走」
「『多数決』でのデザインや造形決定はありえず」
1月 11th, 2011 Posted 12:00 AM
主観と客観の互換性
デザインは必ず客観的洞察が必要。
だから、デザインチームでの共同作業は妥当。
ところがデザインチームという集団ゆえに、
その客観性は、チーム一人一人の主観性が議論されます。
その主観性の議論は、多数人の集団や集合体の主観性が基本的に価値的な対等性を前提にして、
はじめて討論・議論による意思形成になります。
そして、討論によってその主観性は客観的な意見や意思になっていくものです。
その結果として、多数の意思やその主張が、
お互いにある意思に必ず向かっていくことが期待されます。
その「期待感には互換性」があるということが集団の主観性にまとまろうとするとき、
「多数決」論理は、最も正解的なデザイン決定に接近しているというのが普遍的な討論・議論です。
この場合には決して、超越的な権威や独裁的な意見によらない集団的な主観性でも、
「客観性」の確認だったという多数決論理の結果です。
さて、デザインでの意思決定への意志決定がこの多数決的な過程結果であった場合、
このデザインは「創造性」ははぎ取られているものというのが私の経験値です。
つまり、「多数決」でのデザイン、デザイン造形、デザイン意志決定は、
必ずデザイン成果での失敗傾向が大きいと私は思っています。
極論を断言すれば、超越的な主張が、合議体での決定であるべきだと考えます。
それは、まったく「多数決」的な意思ではなく、個人的な主観性と客観性との互換性、
この条件に満たされた「個人的」意思反映だと確信しています。
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