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「景観を取りもどしてこそ景気が語れる」


   


     4月 5th, 2011  Posted 12:00 AM

水彩画スケッチが大好きです。
私がデザイナーになってからの趣味です。
もっとも、最近は本当に描く時間が無いので、
ひたすら水彩画の道具を買い求めることが趣味に代替。
ようやくデザイナー業務に慣れてから、
東芝時代には東北・三陸海岸に行きました。
おそらく、東芝時代最後の水彩風景画は三陸海岸のはずです。
八戸と久慈には思い出がいっぱいあります。
久慈焼や琥珀です。
なぜ津軽塗りと琥珀や久慈焼の伝統工芸活性化がないだろう、
こんなことを何度か、書いてきたことがあります。
ところが、あの景観・風景が消滅してしまいました。
私なりの景観論があります。
景観論が無くて「景気」の本質には近づけないと思い込んでいす。
景観=光景・風景・情景です。
光景とは光と闇です。
風景は、天変変位であり、日食・月食・彗星・雷鳴です。
情景は、自然と人間、人間と人間です。
その天変変位に地震や津波は、景観破壊に他なりません。
いま、あの被災地は情景だけがしっかりと強く残っています。
それだけがなんとか「哀しみ」を景観論を支えているのでしょう。
風景画が大好きなのは、美大時代に絵が下手で、
主任教授から、ひたすら風景画を描くことを指南されたからです。
セザンヌが風景画にこだわり、風景画のことばを残しています。
もう一度整理したいと思っています。
美大進学とデザイナーという道が、
私の天道で感謝する天職になりました。
だから、お天道様は太陽への道に頭を垂れます。
景観は天道であり、景観論は天道論にもなるでしょう。
これは私の思い込みですが、
この思い込みを私の宗教・倫理・道徳観にしています。
情景だけではとても「景気づくり」は不可能です。
なにが何でも、景観=光景+風景+情景を復興させることが、
光景=生と死、お日様が輝いていても闇となった、
あの悲惨な光景に奪われた魂への祈りには至りません。
景観づくりの企望は、いの一番景観創成です。

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