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Posts Tagged ‘寺田寅彦’


『忘れた頃にを想定内に!』


   


     1月 26th, 2014  Posted 12:00 AM

大学人になって18年になりますが、
私が講演では常に「自然と人間の関係」をこの白熊画像を使ってきました。
白熊が最も獰猛でありながら健康体な哺乳動物でした。
この画像を使っている最初の頃には、
「この流氷が地球で白熊が人間」と比喩し、まさか、日本列島と日本人、
この関係になることはイメージであって3.11で現実になるということは、
正直想定外だったのかもしれませんが、
結局、白熊は生命を失う結果を招いてしまいました。
寺田寅彦が「天災は忘れた頃に・・・」と言い残していました。
March 11. 2011を常に私たちは的確な意識にしておくべきです。
これだけではありません。
地球上に人間は丁度今時間現在、71億6136万8151人です。
一日で20万人が増えていくといわれています。
日本は人口減少していますが地球上の人口を減らそうという自然摂理として
「ノロウィルス」や「アレルギー疾患」「花粉症」が日本に蔓延です。
私たちはこの事実から、地球人口が100億人になってくることを
「想定内」にすべきです。
水・食糧・電力、これらすべてがエネルギーだと考えます。
つまり、私たちの想像力には決して「想定外」をつくらないことです。
ちなみに、私はエネルギー=電力とはとらえません。
水と食糧もエネルギー、
さらには減災・救済の実務方法論と物質を準備するべきです。
ちなみに、「日本という方法」・「方法という日本」を発言したのは、
松岡正剛氏でした。
私は「危機管理工学プロダクトデザイン寄附講座」を
1年やってきましたが。
今、結論は「危機管理学」ではなくて、
「危機解決という方法がデザイン」だと認識している次第です。
この4月からは、危機管理学はあり得ず、「危機解決学」を
私は追い求めていきたいと考えています。


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「金平糖なればこその品格に・・・」


   


     9月 21st, 2012  Posted 12:00 AM

日本のお菓子で私はもっとも品格がある存在、
それは「金平糖」だと思っています。
これは、カステラともどもポルトガルから入ってきたお菓子です。
当時、この「甘さ」を知った日本人は相当にビックリしたと想像します。
私にとっても、飴やキャンディどころではなく、
大きさといい、甘さといい、これほど品ある物はありません。
この金平糖を見る度に思い起こすのは、織田信長と寺田寅彦です。
なんといっても、織田信長系の物語りで金平糖の記述が無かったら
信用しないことにしています。
私が最も尊敬と敬愛する橋本左内も大好きだったと伝えられています。
この物語りが私の嗜好性を決定しているのでしょう。
特に織田信長は、
きっとガラス容器に収めていたに違いないとさえ思っているほどです。
「鳴かぬなら殺してしまえ、時鳥」が、私の性格そのものです。
しかし、秀吉や家康の、鳴かせてみせようとか鳴くまで待とうは、
したたかでねちっこくていやらしいとさえ私は思っています。
このところ、竹島と韓国、尖閣諸島と中国、
この領土問題が大事件の様相になってきました。
いづれ私なりの意見も明確にまとめておきたいと思っています。
だから、最近は、次の中国の代表「習近平」とは、
ちょっと語呂が似ているから金平糖を身近に感じているのですが、
これはほとんど親父ギャグでしかありません・・・。
さて、私自身はほとんど間食をしません。
一人っ子ゆえに、間食は禁じられていましたから
そんなふうに育ってしまったのでしょう。
金平糖は京都へ行けば必ず買い求め、
チュッパチャップスとチョコレートだけは常備お菓子です。
ともかく、ワイフには私の仏前には
必ず金平糖は必需品だと言い残しています。


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「エネルギーの邦訳を決定するためには」


   


     5月 2nd, 2011  Posted 12:00 AM

[物質・情報・エネルギー]=世界要因です。
明らかに世界がこの三つで構造化され、
その中で、生物、動植物、人間の日常があります。
私にはどうしても
エネルギーが日本語であってほしいと思います。
物質とエネルギーを徹底して熟考し、
よりやさしく伝えようとしたのは寺田寅彦でした。
そして彼は、天災や事故、
科学での解明を最も随筆や報告として書き残してくれています。
私の世代は、彼の文章は受験問題になっていたこともあり、
親しみがあると同時に、
物理の本質を数式ではないことばで解説されていました。
したがって、あらためて読み直してみれば、
津波や天災の記述が本当に多いことを再認識させられます。
「天災は忘れた頃に」というフレーズも彼の発言でした。
さて、エネルギーというのは、
今回、具体的には、電力・ガソリン・人力でした。
しかもこうした要素因は、
「仕事力」という具体結果に結びついていたことです。
まさしく、寺田寅彦著作である「物質とエネルギー」には、
エネルギーを「仕事をなす能」とし、
かつ物理学者のBegriff=Concept=概念にすぎないために、
世俗的には理解困難な概念にも関わらず、
自然力との関係が不明な原因になっているという指摘は
今なお引きずっています。
少なからず、エネルギーとしての「放射能」も、
その能力の限界を未だに人間は把握していません。
すなわち、概念=Begriffというドイツ語の語源は、
包括する、把握するという意味です。
つまり、私たちは物理学的にもエネルギーは、
まだ概念に過ぎず、包括することはもちろんのこと、
把握することもできていないことを、
今回のフクシマ原発事故から、人類すべてが、
充分に学びとり自省しておくべきことだと考えます。

*寺田寅彦「物質とエネルギー」は「青空文庫」で読むことができます。http://bit.ly/ifEMKn


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「議会制民主主義を為すべき人々へ」


   


     4月 21st, 2011  Posted 12:00 AM

民主主義は人類の到達点でした。
ここに、為政者の思想哲学基盤が存在。
よって、何も疑念・懸念も社会は放棄。
しかし、その民主主義が、
「議会制」という枠組みの中での
手続きであるとするなら、
政権交代を安易に選別した私たちに大きな責任があるのでしょう。
為政者たる代議員の資格を
詳細に検証しておくべきだったのでしょう。
議会では、議論・話し合い・討論が、
民主主義を正当に果たしていく本来は大きな実務だったはずです。
天災はこれを破壊し、
すでに議員制で語られるべき、
その役割の代議員の資質と資格を明確にしてしまったようです。
現政権が「仕分け」という手法を
議員制内閣の一つの実務としたとき、
彼らの無能力性を公開していたのです。
寺田寅彦、その著作には天災についての文章が数多くあります。
日本というこの国の自然、
特に天災で何度も苦しめられながらもなぜ生き延びた民族が、
私たちだったのかを確認することができます。
せめて、代議員の方々の思考要素にしてほしいと思います。

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