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Posts Tagged ‘宇宙ステーション’


『ケプラー452b星人かもしれない』


   


     7月 26th, 2015  Posted 12:00 AM

ESA・NASA・NASDA(現JAXA)が宇宙ステーションを設計していたとき、
幸い、私はいとこがいたヒューストンのNASAの設計オフィスを見ました。
宇宙工学者のいとこが毛利氏をケネディ宇宙センターで見送って、
もうそれから23年で、日本人10人目が飛んで行ったとメールが来ました。
そうしたらNASAでは地球から1400光年も離れた「はくちょう座」に、
太陽とよく似た恒星付近を周回している
地球のような星を発見したというのです。
名前は「ケプラー452b」と言うらしく、地球同様に水?液体があるから、
岩石もあるらしく、ほぼ地球のいとこのような惑星らしいのです。
しかも太陽の46億年よりもさらに15億年早く誕生していた恒星は、
もし、宇宙人がいれば、科学はもっと発達しているかも知れません。
確実に生命が存在できる条件が整っているというこの見解は、
私にはまったく理解できる知識ではありませんが、
ケプラー宇宙望遠鏡などで発見された太陽系外惑星は1879個、
今回の調査では500個以上を追加しました。
もっと驚くのは、
生命が存在できる天体は12個を確認していると言うのです。
ひょっとすると、私は28歳で歩けない体になってからは、
自分はもう地球人ではないかも知れないとすら思ってきました。
さらに、私は無神論者ですが、亡くなった祖父母や父母も、
もし、おとぎ話のごとく「星になっていたなら」、
あの世とはこうした惑星に居ることかも知れません。
私はこの恒星からきたケプラー452b星人かも知れないと思います。
なんだか、寿命も星人としてこの地球から飛び立つ日までかも、
とか真剣に思ってしまいます。
そうだ、これからは「ケプラー452b星人」です(笑)、と、
名乗ってみようかとさえ思っています。


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『4年ぶりの金沢、駅のホームで・・・』


   


     5月 15th, 2015  Posted 12:00 AM

東京でインテリアデザイナーの森田恭通氏と夕食。
彼のデザインした有名なレストラン、話はどんどんと拡大しました。
いつも帰阪時に伊丹行きジェットで出会ったり海外で会う偶然の仲。
翌朝、北陸新幹線「かがやき」乗車、
新幹線列車は、このデザイナーの苦労がずっしりと分かる。
「柳宗理生誕100年記念」で、私は先輩同輩からの指名で、
使命として、先生の作品と先生の私流の作品から学んだ思想、
先生との思い出を話して、母校=金沢美術工芸大学の伝統と未来、
「これからのデザイン・コンシリエンスデザイン」を話ました。
翌朝、伯母が100歳で美しく眠るように逝った話が入りました。
大往生ゆえ、仕方なかったけれど、従兄弟の心情が急に心配。
彼に電話をして、福井に寄るべきかを確認したら、
設計図どおりだったと極めて冷静で、エンジニアらしさに驚きましたが
全て終わったとか。私と彼とでは故郷では言い出せないからこのままで。
従兄弟をこの春から大阪大学大学院の招聘教授に迎えていました。
この話は、伯母はとてもうなづいて聞いたよ、と。
彼は、宇宙工学・信頼安全性工学の権威であり、
彼がヒューストン駐在時には宇宙ステーションの設計をしていました。
だから、彼の仕事場と住居も訪ね、今や私の危機解決学を
招聘教授として相談をかけ、支援をしてもらっています。
今はJAXAから関連企業の社長を務めるけれども、
ロケット発射ではいつも海外に出張、JAXA関連を教えてもらっています。
私は47歳の母と死別したけれども、年毎、母が恋しくなります。
従兄弟は、覚悟を決めていたとはしても100歳母と別れて、
「大きな虚脱感がある自分に気づいている」と言っていました。
「いや、虚脱感は必ず、母恋しさ、今ならこれを母に出来る」とか、
私は彼に先輩ぶった話をしていることに気づきました。
母が危篤と言われて、福井帰郷のために、駅のホームにいた、
あの当時の思い出が一遍に襲ってきました。
もう、金沢は私には遠い存在の街になっているなー、
おそらく北陸新幹線には乗らないだろう、と思った次第でした。


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『人類の夢・宇宙開発を支える「信頼・安全性工学」』


   


     12月 12th, 2013  Posted 12:00 AM

宇宙開発・ロケットは人類の夢、その代表的なものです。
宇宙飛行士はあこがれの職業でしょう。
私は職業柄どうしても、未来、夢、可能性の話をします。
正直経営陣には説得性を持っていないと感じることしばしばです。
ところが、宇宙開発や人工衛星に関わるとその夢はどんな人にも、
最大に夢を拡大してくれるものです。
しかし、宇宙に出かけるには、
相当の安全対策・信頼性の確約から決して想定外は許されません。
信頼・安全工学による完全な管理が求められています。
おそらく「完全」は人類には成し遂げられない工学分野でしょう。
デザイン領域でこの「完全」という言葉そのものは、
とても使いづらいことが多いのですが、
私は、「ユニバーサルデザイン」にデザインの理想主義を、
この言葉に注ぎ、「ユニバーサルデザイン」を政府に企画書を出し
「ユニバーサルデザイン賞」をGマーク賞にしましたが、
この言葉は商業主義的に、勝手な方向に拡大しました。
だから、「Human Centered Design」にまとめ直しました。
ところが、私のいとこには、この宇宙開発の最前線で、
特に、「信頼・安全性工学」を成し遂げてくれた人物がいます。
父の姉の息子であり、弟は私の母校・高志高校長をしました。
3.11直後に彼とこの天災から人災にまで及んだ話をしました。
今、私はデザイン主導の「危機解決産業領域」を考えています。
幸い「安全性信頼工学」でトップであるいとこがいて心強いのです。
そこで、最近は、カザフスタンのロケット発射に立ち会い、
宇宙ステーションからH2Aロケットやこれまでの宇宙飛行士など、
その全ての安全性・信頼性にどのように関わってきたかを
彼にKK塾で語ってもらうことになりました。
私たちの「夢」の現実がどのような信頼性安全性の工学で、
支援されているかを知ることができると思っています。


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