『私の護り神は恩師から授かった加賀の『出世頭』』
10月 8th, 2013 Posted 12:00 AM
フリーランスになって以来、いつも相談をし指導を受けました。
大学人になるとき、学長候補になったとき、大学転籍のとき、
「やっとその気になったか、君の使命だよ」と言われてきました。
その美大時代の恩師はもう居ません。
命日には、先生の奥様と手紙や電話で話をします。
「加賀の出世頭」です。
学位を取得したときに先生に知らせると、これが届きました。
先生が逝かれてしまってからは、
ともかく、この「出世頭」に話しかけることにしています。
「先生、これからこれをやってみます」、とか、
もう迷いに迷っているときには、
先生が存命中、電話をして、時には泣いてしまうこともありました。
60歳還暦になって、
「先生、まだ少し大学でやっていきます」と言ったとき、
「定年までは大学で好きなことをやりなさい」と言われました。
これが、金沢で先生との最後の会話でした。
ある日、奥様から電話いただきました。
「行きました(逝きました)から、伝えますね」と。
「えっ、こちらに来られるですか?」
「いえ、あちらに逝きましたことを伝えますよ、遺言ですから」
「では、すぐに金沢に行きます」
「必要はありませんよ。もう初七日が終わったのです」
「・・・・・では、誰も知らないのでしょうか?」
「はい、あなたに伝えることで構わないとの遺言です」。
それから、まず、私は大学の同期に伝え、後輩に伝え、
彼らから大学にも伝わりました。
いかにも先生らしい、この世からあの世への姿勢と態度でした。
このところ、この「出世頭」に語りかけています。
先生、解答が欲しいのです。
日本は国難なので、最期の仕事に精進しますが、どうすれば?、
生まれ変わったら、また、この先生に学びたいと思っています。
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