『資本主義からの逃走』
「 資本主義・社会主義その文脈には皆無の文化性」
9月 2nd, 2010 Posted 12:35 AM
「富の配分」文脈からの解放
私は「文脈」に焦点を当てています。
その中で、「働くという文脈」に触れないと、
このブログの主テーマとの関連性は?と、いうことになると推測しています。
● 資本主義の否定=社会主義の肯定は、「労働」の文脈での搾取性や階級性があります。
● 資本主義の肯定=社会主義の否定は、「仕事」の文脈での倫理性や自由性があります。
そしてこの二つが、20世紀を構成したかのごとく激しく対立闘争をしてきました。
しかし、この闘争は、
先進国家ロシアも含めてたった1億人だけのことであったことを
私たちは前提にしておくべきでしょう。
資本主義と社会主義の文脈には「富の配分」だけであり、
結果は「地球環境の悪化と宗教がらみの民族闘争・テロ、原爆の保有」問題を残したにすぎません。
私は「富の配分」という文脈からの解放、それを「逃走」と言って、
問題解決したいと思っています。
私は1989年7月号「Bug News」というコンピュータ誌に、
南太平洋ニューブリティン島のマエンゲ族や、西太平洋トロブルアンド島民のことを紹介しました。
それは、「働く」・「労働」・「仕事」の結果が、
まったく「富の配分」ではなくて、それこそ「働く」結果の評定のことでした。
私たちが、「富の配分」でイデオロギー論争や、
その産業経済の結果に囚われすぎていることへの警鐘のための例示でした。
そのことに触れたいと考えています。
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Posted in 045「身体化した文脈(コンテキスト)」, 資本主義から逃走せよ!
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