5月 9th, 2019 Posted 12:00 AM
「聖火トーチ」は、日本としての新しい製造工程、
新技術が求められました。
オリンピックに関わるマークはじめビジュアルデザイン、
競技場やトーチとデザインの力が戦後復興の
前回の東京オリンピックで発揮されたように、
今回の災害復興、五輪再興の力となるよう
デザイナーの一人として望んでいました。
「3.11での被災者」・「仮設住宅のアルミ」を再利用し、
インゴットにした押し出し成型から生まれる
桜のトーチが日本列島を縦断し、
その炎から光、同様に心をひとつにしてくれるでしょう。
デザイナーが望んだ花びらの「炎」を
ひとつの「光」変えるという難題に
向かってくれたのはたった1社の企業だったことを知りました。
デザイナーの細かな要望に、トーチ筐体の押出し成形に
挑んだメーカー担当者が果敢に応える姿がありました。
日本の希望の炎、その光のモノづくりに携わる人たちの、
約5年間にわたる精励恪勤なその成果が集結しています。
「炎と光」、技術提案の演出は彼の提案だけでしたので、
彼、一人が「センス」あるデザイナーでした。
聖火トーチは、その造形美、性能美、機能美だけでなく、
ランナーとともにつなぐ炎が光だけでした。
トーチキスの瞬間そして聖火台に向かうフィナーレと
その光で世界中にオリンピズム高鳴る熱狂を
届けてくれると、「新技術」に期待しています。
応募者たちの「デザイン知識」に愕然でした。
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Posted in ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ
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5月 6th, 2011 Posted 12:00 AM
魏志倭人伝での跪礼(きれい)。
大化の改新では跪礼は立礼に変更。
『弘安礼節』では庶民が大名への儀式礼。
しかし、跪礼=土下座とは、
身分の上下での礼節の定めでした。
一国のリーダー、大企業のリーダーが被災地で土下座。
被災者が土下座を要求するという悲しみは、
彼らの哀しみからの要求、
こうしたシーンを見るとき、
リーダーシップを欠落させている跪礼は「対立」でしかなく、
そのことをも受け入れているリーダー資格は剥奪が当然でしょう。
今、まだ予断を許さないフクシマ原発とその被害者は、
精神的・肉体的な疲労困憊と哀しみがあります。
リーダーの土下座に追随している周辺に解決策がありません。
この二つの悲しみと哀しみは「土下座」での対立になっています。
50日以上も「一次避難」そのものが変です。
現政権が本来災害において為すべき義務放棄は明らかです。
しかも、民間企業といっても大企業相手の「指導力」が皆無です。
すでに原発事故の収束から終息までは長期になるでしょう。
もはや「仮設住宅」での避難は解決策ではありえません。
ならば、最新鋭の集合住宅の建設に入るべきです。
土下座は被災者の「怒り」という哀しみに過ぎず、
「全てが不可能だという納得」の「かなしみ」の対立になっています。
加害者と被害者の構図を成立させているよりは、
・「原発事故復旧」
・「集合住宅建設」
・「商工業の再開」
・「一次産業の復旧」
・「教育と医療環境復旧」への共有観が必要。
被災地で子供たちの精神的苦痛は「幼児がえり」と言われるほど、
精神性の破壊にまで及んでいると聞きます。
リーダーたちの土下座は、「無為なる心なき謝罪」にすぎません。
私たちは、「原発復旧で現場作業する人々」にこそ、
土下座してお願いをしなければならないでしょう。
跪礼とは形式としての儀礼=偽礼にすぎません。
そこから創造は何もありません。
しかし、「心からの礼節=跪礼」は、
現場作業の労働に向けられるべきことだと私は考えます。
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3月 31st, 2011 Posted 12:00 AM
逃走とは闘争である
「資本主義」に閉じ込められている生涯。
デザイナーという職能ゆえに、
私の発想は、常に企業や行政との関係で具現化されます。
よって、デザインしたモノ、デザインしたコトは、
企業方針や行政制度との整合性が包囲条件でした。
だから、「資本主義」にはなじめなかったのです。
けれども、「社会主義」などというのは、嫌悪感すらあります。
それでも、「資本主義」その基底の「民主主義」、
いづれもイデオロギーですが、
このイデオロギーの解体をしながら、
新たな哲理の発見と創造、これこそデザインだと考えてきました。
逃走してどこに逃げ込むのか、などというのではありません。
いわば、このような思考を「ことば」と「歴史」の中で見いだそうとしてきました。
「ことばとかたちの相対論」を念頭におきながら、
具体的な、機器・装置・環境へのデザインアイディアを提案してきました。
しかし結局、「呑気過ぎた」のです。
たとえば、「仮設住宅」程度ではなくて「佳設住宅」を、
ある大手住宅メーカーと開発してきました。
「仮設」などという「仮」の非常時では復旧でしかないのです。
「佳設」というほどですから「佳人=美人」のごとく、
復興するには「美しい佳人のごとくの住宅」案でした。
これが頓挫しました。理由は、企業トップが脳溢血で倒れてしまいました。
この後継者には、それだけの先進性や美学性が無く、
そのプロジェクトメンバーにもたかだか業務でした。
このようなアイディアは、企業トップに大人物が必要なのです。
正直、現代日本の経営者にたかがデザイナーの戯言でも、
されどデザイナーの理想主義を受け入れる器ある人物が欠落しているのです。
現政権にリーダーがいないのは、企業家界も同様かもしれません。
私の逃走は闘争であったことをなんとなく曖昧にしてました。
そして、この国難こそ、逃走なんて「あとずりしている者への鉄拳」だったとさえ思います。
「復興」をめざして真正面から「闘争」を、命あるかぎり開始します。
私の闘争は、希望をいっぱいにした理想主義です。
「資本主義からの逃走」を「祈望」に止揚していきます。
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