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Posts Tagged ‘アイデンティティ’


7月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 22nd, 2023  Posted 12:00 AM

7月22日 仏滅(辛巳)

デザインが応用美術や建築から
どのように自己進化してきたかは
興味の尽きない
デザインの自己確認・アイデンティティの
追求につながっている。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』7モンドリアンへのオマージュ


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6月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 6th, 2020  Posted 12:00 AM

6月6日 赤口(庚辰)

デザインの本質には、
「生」と「死」をつないでいる
私たちのアイデンティティが、
モノとの関係で明確化される力がある。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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5月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 30th, 2020  Posted 12:00 AM

5月30日 大安(癸酉)

デザイナーにとって、
デザインしたモノは、
何といっても、
その「かけがえの無さ」は、
自分のアイデンティティの
「かけがえの無さ」とともに
あることになる。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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6月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 26th, 2019  Posted 12:00 AM

6月26日 仏滅(甲午)

デザインが応用美術や建築から
どのように自己進化してきたかは
興味の尽きない
デザインの自己確認・アイデンティティの
追求につながっている。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』7モンドリアンへのオマージュ


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『C.I.もブランドも、その一般的知識が無い』


   


     3月 19th, 2019  Posted 12:00 AM

C.I.=コーポレート・アイデンティティと
Brand=ブランドについては、デザイン戦略の中で
商品から企業全体までの未来を描こうとしています。
ここしばらく行政ではブランドというキーワードがもてはやされ
デザインではなくて、
ブランドあるいはブランディングが一応に目立っています。
C.I.についての基礎知識がないばかりか、
同時にブランドも知識不足です。
はっきり言えば、企業存在は「どこの馬の骨か」、
「焼印」を由来とし、その成り立ちやテーマ、理念の社会的共有、
認知といった知識なのです。
C.I.でのE.H.エリクソンの8段階までのアイデンティティが不足しています。
企業生存率を考えたことがあるでしょうか。
私は、商品を手掛けるだけでなく、ベネフィットとプロフィットにおいて
商品ブランドはC.I.からをデザインします。
このところ、パソコンでは、カーニングどころか、
英文の曲線と直線までの知識不足がとても多いと感じています。
また起業した年月と、どこからスタートしたとかも、
表現されていませんから、その企業のC.I.とブランドの力が、
社会のなかで存在を発揮できていません。
美大の教育では、このレタリングは丸1年すべてがフリーハンドでした。
定規やカーブ定規も使わずに、手に覚えさせます。
「デザインストローク」で訓練して、
サンセリフ、セリフ、スクリプトは、得意分野に訓練で身につきました。
当然、今はコンピュータでの作業ですが、身についた感覚が
微妙なバランス力や視覚補正をして、
ぴったりくる美しいレタリングを実現できます。
結果、ワンヘヤーラインが描けるレタリング技能者が激減しています。

*デザインストローク


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05月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 10th, 2018  Posted 12:00 AM

05月10日 先負(壬寅)

技巧を凝らしたプレゼンテーションは
誰にでもできる。

しかし、
プレゼンテーターの持つ
アイデンティティやオリジナリティは
誰も真似できない。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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05月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 5th, 2018  Posted 12:00 AM

05月05日 仏滅(丁酉)

表面的な技巧を凝らした
プレゼンテーションは
誰にでもできる。

しかし、
プレゼンテーターの持つ
アイデンティティやオリジナリティは
誰も真似できない。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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『スマホは使用感だけでは技術進化は見えない』


   


     12月 28th, 2016  Posted 12:00 AM

ケータイ、スマホ、という日常道具の使用感の進化は、
目を見張るべきです。
しかしスマホの進化はいわゆる使用料の廉価競争に巻き込まれていて、
進化技術と日常道具感、さらに所有感に大きな差異性が出てきました。
その使用感は電話使用料の企業競争にかき消されています。
友人がスマホの使用料廉価性で使用感どころか、
所有感を失っているコトを見て、私は厳酷したほどです。
なぜなら、
もはやスマホの使用感はおそらく私の選択が最も的確でしょう。
まず自動車制御、時計制御、メモ制御、サイフからカード制御、
そしてオーディオ制御にまで及んでいることです。
とりわけ電話通信の使用量ほど不明点が多くて、
結局、自宅WiFiまで、全てを変革させましたが、
自宅のシステム対応は完全に無理でした。
つまり、どこまでWiFiや赤外線対応で、
TV、照明、オーディオ、電話、だけで無く、
デジタルアッサンブラージュはまだ制御システムに苦労をしています。
自動車制御、時計制御、クレジット制御には、まだ自動車も時計も、
結局は所有感を超越した進化はしていないと指摘しておきます。
無論、オーディオでのWiFiはとてもHiFiには及んでいません。
残念ながら、
使用感だけでのファッション性はアイデンティティを欠落させ、
時代の進化技術を見失わせることになります。
それは所有物としてのスマホで確認することができます。
所有感が使用感を決定させているのは、
残念ながらすべて海外の著名ブランドに支配されていることを
打ち消すデザインが絶対に必要だと確信しています。

* 「スタートレックという未来考古学のメディア」
* 『ファッションも完全完璧な信用・信頼・安全・安心だ』
* 「C.I.デザインの源流としての思想」
* 『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』
* 『電子ペンはすっかり日本開発が海外に負けている』


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「最も小さな公立大学・金沢美術工芸大学70周年」


   


     8月 9th, 2016  Posted 12:00 AM

金沢美術工芸大学は日本で最も小さな公立大学です。
自分はこの大学の卒業生であり、それほど知られた大学ではありません。
東芝に入社したときも、旧帝大卒ばかりの新入社員の中に入れられ、
まず、自分が卒業した大学の説明をしたものです。
金沢美大卒という学歴がいつも自分のアイデンティティに関わっていますが、
大学教育で鍛えられた先輩から後輩にいたるまで、
自分には誇り高い大学卒だと思っています。
デザイナーと言っても、本当に「造形力」のある大学は5大学もありません。
最近では有名な漫画家、ドラマの演出家、CF監督、
話題のポケモンでのピカチュウにしても優れた後輩たちの作品であり、
カーデザイナー達も多く輩出している大学です。
デザイナーとしてすでに40数年になりますが、
残念なことにデザインは未だに軽く見られています。しかし、
モノの本質、発想の柔軟性はこの大学卒だからこそ可能なのです。
かつて、主任教授が倒れた時に、金沢に戻り、
深夜の病室で先生を見舞いましたが、
教授は、玄関まで自分を見送っていただき、それが最期の別れでした。
今、自分が大学人であるのも、
私の使命を語り継でいただいた教授たちのおかげです。
その大学が70周年を迎えます。
いつからか卒業生での「金の美」展は銀座の画廊をすべてを埋め尽くし、
ニューヨーク展、全国各地で秋には一斉の展覧会になっています。
私の世代は今なお「先輩の指示」には絶対的に従うという伝統的な
仲間意識は見事に整っています。
だから自分の主催するKK塾には先輩たちが数名が駆けつけてくれます。
自分が、この大学卒であることは大きな誇りなのです。
それは自分の大学時代のデザイントレーニングが最も厳しかったからです。
大学には大きな欅の木がありました。
だから同窓会は今なお「けやき会」になっています。

* 『「学芸員の父」が母校の初代学長・森田亀之助でした』
* 「金沢美術工芸大学の大阪での大学大同窓会」
* 『金沢21世紀美術館から届いた10周年の収蔵作品集』
* 「手を頭脳化するトレーニング=デザインストローク」
* 『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』


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『インクルーシブデザインの間違いを正す=KK塾』


   


     10月 24th, 2015  Posted 12:00 AM

デザインというより、デザイナーの考え方、手法が
ようやく注目をあびましたが、それはいくつかの
デザイナー実績での誤解が他の学術芸術分野で拡大したようです。
たとえば、言葉では、コンセプト、マニフェストや
アイデンティティなどは定義や使い方間違いを発見しています。
現在、デザイナーの発想や成果への方法論での間違いは、
デザイン思考とインクルーシブデザインだと私は判断しています。
先般、ある大学が医学と工学、つまり医工連携に
デザインを加えるためにはデザイン思考の導入を重ねていました。
これは国家プロジェクトゆえに、
来月、その特別講演で私は是正と実務例を紹介します。
今夜はあらためて、インクルーシブデザインについては、
ニーズとシーズ、
あるいは文理融合やユニバーサルデザインが米国で提唱されたままに、
これもデザイン思考として取り入れていることへ、
論理的な正解を記述しておきたいと考えます。
インクルーシブデザインは、
インクルーシブとエクスクルーシブを
厳密に語彙論として再整理しておきたいと思います。
インクルーシブデザインとは、人称のデザインであり、
これは米国よりも英国でのデザイン思考がまともだと判断しますが、
私は、一人称のデザインでなければニーズの本質は不明だと考えます。
一人称、つまり、「私のニーズ=必要性は何か」がテーマであり、
この一人称=私の必要性を二人称=あなた:家族や兄弟や配偶者、友人、
あなたが必要かどうかを確認しない限り、ニーズになりません。
それどころか、
私=一人称とあなた=二人称の決定的な必要性が確認できなければ、
三人称である彼・彼女、彼ら・彼女らの必要性=ニーズと
その必要性を追求するシーズはありえないということです。
つまりインクルーシブとは一人称と二人称という範囲の指定であり、
エクスクルーシブは三人称であるという認識が必須だということです。
ところが、インクルーシブデザインで、
健常者に障害者や妊婦や幼児や老年者をデザイン対象とする
米国的な定義は大間違いだと指摘しておきます。
この思考方法では、必ず、デザインは機能的な活動、
形態は機能に従うという時代遅れな発想がとりついていくのです。
私は、このことも「KK塾」でオープンにしていく所存です。

* Website-HP


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