9月 4th, 2010 Posted 10:00 AM
9月4日 友引(丁巳)
もはやイデオロギー論を論議する時代でもない。
奇特な、
あるいは殊勝なパブリックドメイン主義という、
グローバルスタンダードかつ
ローカルオリジナリティーを創出していく瞬間に
私達は生きている、
と考えるべきなのだろう。
『デザインは言語道断』奇特
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9月 3rd, 2010 Posted 9:29 PM
9月3日 先勝(丙辰)
好奇、すなわち”好きさ加減”を、
かつていにしえの時代には昇華させて
「数奇」の世界観へと展開させた。
自分と好奇対象との関係を、
好奇から数奇へと運び上げるメディアとして、
デザインという世界があることを
明言しておきたい。
『デザインは言語道断』好奇
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9月 2nd, 2010 Posted 11:50 PM
9月2日 赤口(乙卯)
好奇対象から
自分を見失うほどの刺激を受ける。
その瞬間、世間的で一般的な判断、
すなわち常識が存在しない関係が
対象との間に生じ、
自分はその狭間に放り出される。
そこでドギマギし不安になる。
こうした経験を積み上げていくことが
最も大切だと確信している。
『デザインは言語道断』好奇
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9月 1st, 2010 Posted 9:30 AM
9月1日 大安(甲寅)
異常さというのは、
社会性や時代性、
環境での価値基準が
変動するために、
何が正常で、
どこから異常なのかを
断定することがすでに
倒錯なのかもしれない
『デザインの極道論』倒錯
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8月 31st, 2010 Posted 10:52 AM
8月31日 仏滅(癸丑)
倒錯するというのは、
ある類の感覚的な満足感を
習得するための手法が、
一人一人の心理的な困難さの反映が
下敷きになった場合に、
他人から観察すれば、
異常な行為の発見に
なるということである。
『デザインの極道論』倒錯
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8月 30th, 2010 Posted 8:16 PM
8月30日 先負(壬子)
現代は、
まさしく多形倒錯の時代だと
言っても過言ではない。
欲望が「減退」するか「亢進」するか、
「減退させられる」、
あるいは
「亢進させられる」ことが、
情報やデザインによって
操作されているというわけだ。
『デザインの極道論』倒錯
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8月 29th, 2010 Posted 9:30 AM
8月29日 友引(辛亥)
罵倒される私になっても、
立ち上がる力を保持している
障害者でありたい、
ということも考えている。
『デザインの極道論』罵倒
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8月 28th, 2010 Posted 9:30 AM
8月28日 先勝(庚戌)
「罵倒」というのは
大変過激で突発的な、
自己コントロール力を
失った行為でもある。
しかし、
「罵倒」するだけの「思いやり」が
なければ出来ないことでもある。
『デザインの極道論』罵倒
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8月 27th, 2010 Posted 10:58 PM
8月27日 赤口(己酉)
私は「罵倒」という行為には、
もちろん
「する側」と「される側」との事柄に、
いわゆるインターラクティブな
相関関係があるから、
その相互性で、
あらためて現代での人間関係を
見つめなおせる可能性があると
判断している。
『デザインの極道論』罵倒
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8月 26th, 2010 Posted 11:17 PM
8月26日 友引(戊戌)
「青臭い」というのは、
向こう見ずで
ただひたすら純粋に果敢な
ことなのかもしれない。
「泥臭い」というのは、
年相応に損得勘定も入ったいわば
小賢さがあっても
平気でいられることである。
『デザインの極道論』よわい
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