5月 23rd, 2011 Posted 1:07 PM
5月23日 戊寅(赤口)
「自分を表現すること」……
それは、
何かをつくることだ。
絵を描いてみればいい。
音楽を創ればいい。
ただし、
文章で自己を表現しないほうが
いいだろう。
『デザインの極道論』面罵
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5月 22nd, 2011 Posted 9:30 AM
5月22日 丁丑(大安)
我々が面罵しなければならない
対象は何であるのか、
ということになる。
そのためには、
日常的で生活密着した場面で、
「面罵するのは、今だ!」
という感覚を鋭敏にしておくこと。
これは実は人間の野生である。
『デザインの極道論』面罵
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5月 21st, 2011 Posted 9:30 AM
5月21日 仏滅(丙子)
面罵すれば、
結局それは、
ブーメランのごとく自分に戻ってくる。
そのとき、
そのブーメランは刃物になって
襲いかかってくることだって
十分に知り、体験している。
『デザインの極道論』面罵
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5月 20th, 2011 Posted 10:23 AM
5月20日 先負(乙亥)
私は「面罵」という行為には、
もちろん
「する側」と「される側」との間柄に、
いわゆるインターラクティブな
相関関係があるから、
その相互性で、
あらためて現代での人間関係を
見つめなおせる可能性が
あると判断している。
『デザインの極道論』面罵
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5月 20th, 2011 Posted 12:17 AM
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5月 11th, 2011 Posted 4:53 PM
5月11日 赤口(丙寅)
デザインは、
まず好みだけで判断するアホが多い。
私のデザインが嫌いな人がいても
一向にかまわない。
それを上回るファンもいていただけるの
だから当たり前の話だ。
『デザインの極道論』面罵
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5月 11th, 2011 Posted 12:46 AM
5月10日 大安(乙丑)
「何事も(?やかに)話し合い」
などということが、
まことしやかに語られるように
なってから、日本人は、
気性の骨格の大事な一本を
抜き取られてしまったようである。
『デザインの極道論』面罵
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5月 10th, 2011 Posted 12:38 AM
5月9日 仏滅(甲子)
しかし、
聴衆からの反応を見ていると、
講演内容ではなくて、
なんだか「時代が消沈」している
気配を感じてならない。
「時代か、自分か」ということだ。
『デザインの極道論』面罵
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5月 8th, 2011 Posted 9:30 AM
5月8日 先負(癸亥)
感性の時代といっても、
界面・インターフェースがまず
なんであったのかを
もう一度問い直し、
自分が納得できる確実な自分への
自信がないかぎり、
親和性のある自分には
なれないのではなかろうか。
『デザインの極道論』界面
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5月 7th, 2011 Posted 9:30 AM
5月7日 友引(壬戌)
プロは、
その内実までそれこそ
説明を求められたら
答えなければならない
役割がある。
『デザインの極道論』界面
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