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Posts Tagged ‘川崎和男のデザイン金言’


7月20日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 20th, 2011  Posted 9:30 AM

7月20日 丙子(先勝)

願わくは、
デザイナーをめざす次世代の若者に
「言語道断の世界にこそ、
 かたちが生まれてくる」
ということを伝えたい。

『デザインの極道論』あとがき


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7月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 19th, 2011  Posted 3:23 PM

7月19日 乙亥(赤口)

私は、自分のデザイン、
自分がデザインという手法で
社会に存在させる形態を、
まず自分自身が、
自分を削り取り、
私の肉体の一部から生み出したかたち、
自分のことばでそのかたちを
守ってやりたい!
と思い続けてきた。

『デザインの極道論』あとがき


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7月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 18th, 2011  Posted 9:30 AM

7月18日 甲戌(大安)

形態を取り囲んでいる
ボキャブラリーが、そのかたちをきわめて
「存在の効能性」を物語るはずだと
確信しているからだ。

『デザインの極道論』あとがき


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7月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 17th, 2011  Posted 9:30 AM

7月17日 癸酉(仏滅)

少なからず、
膨大な語録を発するほどの
言語性が無いかたちは、
デザインとは言えないとすら
断言し続けてきた。

なぜなら、デザインは形態言語、
あるいは造形言語を
保持していなければならない。

『デザインの極道論』あとがき


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7月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 16th, 2011  Posted 1:09 PM

7月16日 壬申(先負)

またデザイナーが、
かたち以上にことばにこだわれば、
かたちが軽視されてしると言われる。
かたちで語れば、
ことばはいらないはずだ、
という意見も圧倒的である。

『デザインの極道論』あとがき


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7月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 15th, 2011  Posted 1:06 PM

7月15日 辛未(友引)

「これ、使いにくそうね」なんて、
一言で切り捨てられる。
使わずに、
見た印象だけで断罪する批評もあるわけだ。
これは決まって、
これまで見たこともない形態を
提示したときの反応である。

『デザインの極道論』あとがき


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7月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 14th, 2011  Posted 1:03 PM

7月14日 庚午(先勝)

私の信念は、
「かたちは、ことばに必ず敗北する」
とさえ、
自己嫌悪することもしばしばである。

『デザインの極道論』あとがき


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7月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 6th, 2011  Posted 11:42 AM

7月6日 壬戌(大安)

常に
「かたち」と「ことば」は相対論的な
関係にあると考えてきた。

『デザインの極道論』あとがき


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7月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 6th, 2011  Posted 12:03 AM

7月5日 辛酉(仏滅)

私は、デザインとは
最終的には目に見えるかたち、
あるいは目には見えないけれどもなんらかの
問題解決したことを、
かたちとして認識できるように
提示する営為だと考えている。

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7月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 5th, 2011  Posted 3:01 AM

7月4日 庚申(先負)

それこそメガネフレームすら
ロボット化させていく。

『デザインの極道論』花容


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