11月 19th, 2010 Posted 10:02 AM
11月19日大安(癸酉)
大学人になってから、
環境としての大学と、
その生態系を知った。
組織としての大学は成立し得ない。
組織論では説明できないところが、
大学という組織、場という環境、
その特徴なのかもしれない。
『デザインの極道論』量感
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11月 19th, 2010 Posted 12:17 AM
11月18日仏滅(壬申)
「普通」なんて実につまらない。
「日本の町を美しくするためには、
某大メーカーが倒産する必要がある」
とでもいった論理の飛躍、
これこそが今は重要なのだ。
『デザインの極道論』量感
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11月 17th, 2010 Posted 10:31 AM
11月17日 先負(辛未)
発明したら発表するべきだ。
商品化できなくとも、
夢はみんなが共有できるではないか。
米国は、この手法で
どれだけ夢だけを与えて、
その後で思いっきり
失望させてもくれたことか。
それが情報化時代というものだ。
『デザイナーは喧嘩師であれ』器量相発
Tags: KazuoKawasaki, 共有, 商品化, 器量相発, 夢, 失望, 川崎和男のデザイン金言, 情報, 情報化, 手法, 発明, 発表, 米国
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11月 16th, 2010 Posted 10:40 AM
11月16日 友引(庚午)
新しい「ことば」や
「キャッチフレーズ」、
いわゆる現代用語なることばを
産出することでマーケットらしき
知識産業とやらができてくる。
これに翻弄されることなく生きるには、
洞察力という知恵が必要である。
『デザイナーは喧嘩師であれ』器量相発
Tags: KazuoKawasaki, キャッチフレーズ, ことば, マーケット, 川崎和男のデザイン金言, 洞察力, 現代用語, 産出, 知恵, 知識産業, 翻弄
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11月 15th, 2010 Posted 10:40 AM
11月15日 先勝(己巳)
言語道断なる美を、
デザインで創り出していきたい。
それが必ずや、
より善であり、
義なる生き方につながっている
と信じる。
『デザインは言語道断』あとがき
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11月 14th, 2010 Posted 11:10 AM
11月14日 赤口(戊辰)
言語道断の世界から解放されながら、
それでも言語の連鎖環の中で、
「同断=言わず」と想いつつ、
かたちで言い尽くしたい!
そこに
デザインの世界があるはずである。
『デザインは言語道断』あとがき
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11月 13th, 2010 Posted 11:01 AM
11月13日 大安(丁卯)
イメージは、言語世界の中で
モルフェーとなっていくものである。
言語世界を超越する修証として、
道元の言語道断という公案こそ、
ことばとかたちの中で
人間が生きる手だてだと
私は自分に言い聞かせてきた。
『デザインは言語道断』あとがき
Tags: KazuoKawasaki, イメージ, かたち, ことば, モルフェー, 修証, 公案, 川崎和男のデザイン金言, 生きる手だて, 言語世界, 言語道断, 道元
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11月 12th, 2010 Posted 10:59 AM
11月12日 仏滅(丙寅)
饒舌な語り口で形態を、
あるいはデザインを著すことは、
日本では特に嫌われるものである。
それでも私は、少なからず、
膨大な語彙を発するほどの
言語性が無いかたちは、
デザインとは言えないとすら
断言し続けてきた。
なぜなら、
デザインは形態言語、
あるいは造形言語を
保持していなければならない。
『デザインは言語道断』あとがき
Tags: KazuoKawasaki, かたち, デザイン, 川崎和男のデザイン金言, 形態, 形態言語, 言語性, 語り口, 語彙, 造形言語, 饒舌
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11月 11th, 2010 Posted 1:14 PM
11月11日 先負(乙丑)
私は、
デザインとは最終的には
目に見えるかたち、
あるいは
目には見えないけれども
なんらかの問題解決したことを、
かたちとして認識できるように
提示する営為だと考えている。
さらに、
常に「かたち」と「ことば」は
相対論的な関係にあると考えてきた。
『デザインは言語道断』あとがき
Tags: KazuoKawasaki, かたち, ことば, デザイン, 問題解決, 営為, 川崎和男のデザイン金言, 提示, 相対論, 見える, 認識
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11月 10th, 2010 Posted 9:30 AM
11月10日友引(甲子)
「今度はマサイ族の
女性と恋愛する」
などと言い出した
私の親友がいる。
文化のギャップを
乗り越えてこそ
感性が拡大する、
という論理である。
私は賛成だ。
『デザインの極道論』量感
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